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暗い雨の日、向井の葬式で、俺はカナトと再会した。その姿に目を疑わずにはいられなかった。
最後にカナトに会ったのは、確かにひと月前のはずだ。その時彼はまだ小学生の子供だった。だが、目の前で傘をさして佇むカナトは、まるで何年も会っていなかったかのように成長していた。俺よりも低かったはずの背は、優に俺を追い越して、涼しげな顔で黒いスーツを着ている。
それでもカナトだとわかったのは、その顔に、死んだ向井の面影を残していたからだった。
当時共同研究していた向井が、急に研究室にカナトを連れてきたのは、四月の終わり頃だった。
雲行きの怪しい日で、俺はそういう日に限って新しい靴を履いていた。気まぐれに向かったショッピングモールで、気に入って買った靴だった。こんな職業で身だしなみに気を使うやつは滅多にいない。だが俺は、同じ研究室で働く向井に対して少々格好をつけていた。
それは、彼が同じ研究者として頭ひとつ飛び抜けていることに対しての嫉妬、というわけではなかった。飄々としていながら何もかもそつなくこなす彼への憧れ、でもなかった。あるいはそれらをすべて含んでいた。つまり俺は向井が好きだった。
もちろん叶うような思いではないことは承知していた。学部生の頃、彼は女性と付き合っていたからだ。俺にチャンスはめぐってこない。わかりきっていても、俺の目はいつも向井を探していたし、向井の冗談にふたりで笑うたびに、痺れるような幸福を感じた。
少しでも彼と一緒にいたい。少しでもいい自分を見せたい。そんな思惑を、急変した天気がせせら笑っているようだった。
どんどん黒くなる窓の外を見ながら、大学の売店で安いビニール傘を買うべきかどうか悩んでいるとき、
「高針先生……」
一人の青年が研究室に入ってきた。俺のゼミ生だ。研究室、といっても、もちろん研究なんかで飯が食えるわけもない。俺はこの大学で教授として生徒を教えていて、研究室はほぼゼミ室だった。向井との共同研究だって、部屋が足りずに研究室を共有するはめになったので渋々はじめたようなものだ。部屋はないが人は欲しい、そういう学校側の事情に踊らされた結果だった。
「見せて、」
俺は生徒からレポートを受けとると、しばらく黙って読んだ。
「……ここ、冗長すぎ。言いたいことが全然わからない文章だ。それにここの図、意味がない。あと、……」
俺の一言一言に目を泳がせ、彼は終止苦笑いだった。指摘を全て聞き終わると、もごもごと礼を言ってすぐ入り口に向かった。
どうも俺は生徒受けが悪い。単に相手の間違いを指摘するだけで、みるみる生徒が引いていく。正しいことを言っているのは俺なのに、俺が間違っているかのような反応は、本当に不可解だった。
「まぁた、スパルタ教育してんの?」
生徒と入れ違いで入ってきた、このお気楽ででかい男が向井だった。いつも柔らかく波うっている髪は、この湿気で一段と激しく暴れている。15時に寄りたいと言ってもう15時半だったが、いつものことだった。俺はこのだらしのない男の声に、それでも少なからず胸を踊らされた。だが、いつもと雰囲気が違う。向井の足元に、何かが絡み付いているのが見える。
黒いTシャツに短パンをはいた、小学生くらいの少年。サラサラとした髪に、緊張した面持ちで、俺の方を見ている。その目元に、向井の面影があった。
「カナト、このおじさんは悪いひとじゃないぞ、高針さんっていうんだぞ」
笑いながら少年の頭を撫でる向井に、俺は冗談のつもりで聞いた。
「なんだ、隠し子か?」
「正解!」
クイズ番組の司会者みたいな口ぶりで向井が返す。バカみたいな話だ。ふたりでしばらく笑ったあと、向井は俺の前の丸椅子に座った。そして手を膝のあいだで組み、俺の顔を覗きこむようにして、
「俺の子なんだよね、」
声を低くしていった。さっきとうってかわって、真剣な表情だった。俺はそれを冗談としてとらえるべきかどうか迷った。
「……はぁ?」
彼の左手を見る。指輪はない。それどころかここ数年、彼に女性の影はなかった。そもそも、カナトと呼ばれた少年は、どんなに低く見積もっても小学校低学年には達している。本当に彼の子供なら、学部生の頃に既に……
「いろいろと事情があるんだ。詳しくは言えない。混乱させて悪いとは思う。けど、お前にだけはどうしても隠したくなかったんだよ」
「話せないって、向井おまえ……」
「とにかく、この事は誰にも言わないでほしいんだ。俺とお前、二人だけの秘密にしてくれないか」
秘密の共有。混乱で引っ掻き回される頭の中、その提案だけは妙に俺の心を甘くした。そんな俺の心を見透かしているかのような目で、カナトがじっと、俺を見ている。その顔がいつまでも忘れられない。
「……秘密にして、どうするつもりなんだ」
「どうしようってわけじゃない。ただ、カナトのことをよく覚えていてほしいだけさ」
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