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あいつを見かけた。
東京から六年ぶりに故郷に戻って間もない俺は、駅の改札口であいつの姿を偶然見かけたのだ。
間違いない、あいつだ。
そう認識した瞬間、足がすくんだ。
高校の美術部の後輩、野々村まゆ……まっすぐで艶やかな髪、清潔そうな服装。
声をかけるのを迷ったが、意を決して背後から声をかけた。
「……野々村!」
ためらいがちにかけた言葉に、野々村は立ち止まった。
振り向いたときに黒髪がふわりと揺れる。
「あっ、久しぶりです、先輩――」
大きな目をさらに見開いて、驚いたように俺を見つめる。
間近で見る野々村は、化粧のせいか高校生の頃よりずっと大人びていた。そんな彼女と再会できるなんて。
六年ぶりの再会に胸が熱くなるのを感じた。
もしアメリカ人だったら、きっとここでハグをするのだろう。
そういえば、彼女は俺の胸で泣いたことがあった。今でも後悔しているのだが、そのときの俺は直立不動だったのだ。
あのとき俺は彼女の身体に腕をまわして、抱きしめてあげるべきだった。優しい言葉でもかけて、慰めてやるべきだったのだ。
それは遙か昔の夢のような出来事だった。六年経った今となっては、あれが夢だったのか現実だったのかは定かでない。
ただ、やるせない後悔の念だけが俺の心に深い影を落としている。
「元気だった?」
「ええ、先輩は?」
「うん、このとおりさ……あの、今、時間あるかな?」
帰りの通勤客で通路は混雑していた。
彼女は笑顔でうなずいてくれた。
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