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俺たちは北口に移動し、駅前のセルフサービスの喫茶店に入った。注文したコーヒーの載ったトレイを持って、向かい合って腰を下ろした。
どちらともなく安堵のため息が漏れた。俺は最初何を話したらいいのかわからず、無言でテーブルの上に置かれたコーヒーカップを見つめていた。
それぞれのカップが白いトレイの上にぽつんと載っている。
天井のスピーカーからBGMが流れている。クラシックだ。
野々村を見ると、やはり同じようにコーヒーカップを笑顔で見つめている。
ときおり、いたずらっぽい目でうかがうように俺を見る。
俺の発する言葉を待っているのだ。遠慮深いのか、それとも奥ゆかしいのか。
俺はコーヒーカップを静かに持ち上げると、トレイを隣のイスの上にそっと置いた。
自分のコーヒーカップだけがテーブルの上に載っている。野々村のカップはそのままトレイの上だ。
野々村が目を丸くして、まっすぐこちらを見つめる。そして、人のよさそうな曖昧な笑みを浮かべて、俺とカップを交互に見る。どこかおどけたようなその仕草はまさしくあの野々村まゆだった。
「あっ、いや、気にしないで、習慣になって……」
「えっ?」と聞き耳を立てる彼女の眼差しに俺は戸惑う。
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