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コンビニの横で夕刻に煙草をくゆらす。
天に向かって煙を吐き出す。天に歯向かう気持ちは毛頭ない。
空っぽの自分からは、吐き出すものが、他にない。
秋だ。
秋は秋というだけで物悲しい。
ということをなんとなく頭の中で呟き、指先の間から白く突き出す煙草の先の赤を見つめた。肩身が狭い。この辺で灰皿があるのはこのコンビニだけだった。
「ソエジマ、なにたそがれてんの」
と、隣にいたミサカが低いテンションでふふっと笑った。
こいつとは大学に入ってから出会った。ひとつ年下のミサカは敬語を一度も使ったことがない。
なぜよく顔を合わせるようになったのかも、覚えていない。なんとなく、気がつくといつも近くにふらりと来て、特に実のある話もせず、それぞれの時間が来ると別れていく間柄だった。
「あー、またあの振られた人のこと思い出してんだ」
ミサカは壁に尻をくっつけ、細く長い足を組む。
うるさい。余計なことを言うから、ただ単に物悲しかっただけなのに、思い出してしまったじゃないか。
「どうせ、素行の悪さが祟った、ってやつでしょ」
何も言わないのに勝手に話を進める。
俺はまた煙草を口にし、吸い込み、吐き出す。
「振られたなんて、言ってないでしょ」
「振られたに決まってる」
「なんでそうなんのかね」
「俺にはわかる」
何が俺にはわかる、だ。
俺は猫がフレーメン反応したみたいな表情で、また煙を吐き出した。
別れた経緯は誰にも言っていない。
もちろん、親しいのか親しくないのかわからない距離感の、ミサカにも。
恋人と大喧嘩した。いや、恋人だった人。俺の浮気癖が原因だ。翌日から連絡がなくなり、俺はもう終わったと思っていた。愛想を尽かされたと思っていた。俺も怖くて連絡ができなかった。あの日、別の相手と部屋にいるときに、あの人が尋ねてくるまでは、まだ繋がれる可能性があるなんて、知らなかった。
そうだ、怖かった。
本気で好きだったから。
お前はもう必要ないと、あの唇から再び発せられるのが、怖かった。
それなのになぜ浮気などするのかと、他人は思うだろう。
俺にもわからない。淋しくなり、人肌恋しくなる。そんなときに隣にいる男と、肩をぴったりと合わせると、少し息がつけるような気持ちになる。少しだけ、薄まった自分が濃くなる気がする。
そんな自分を、あの人の、碧の前で見せられなかった。
本気で好きだったと、気がついていなかった。
このおかしさは誰にも理解してもらえない。理解してほしくもない。
そんなことは、もうどうでもいい。
「泣くなよ」
「泣いてないわ」
「泣いてるよ。それは」
ミサカが笑った。
なんでそうなるのか、こいつの考えることもよくわからない。
俺はあれから行きずりの誰かと寝ることはなくなった。
本当に自分を埋めてくれていたのは誰だったのか気づき、その替わりはいないと知ってしまったからだ。
セックスなしの生活なんて、しばらくなかった。
その代わり、やめていた煙草を吸うようになった。
もう煙の匂いを嫌がる相手はいない。
ミサカも同性愛者だが、こいつとは寝たことがなかった。
なぜかそんな気が起きない。
ただ隣にふらっと現れて、無駄話をして、別れるだけの……
「ミサカ、恋人いないの」
急に俺は思いつきで尋ねた。
「いない」
「なんで」
「なんでだろうね」
「俺に聞くなよ」
ミサカが笑う。少し淋しげに見える。
「ミサカ、煙草も吸わないのになんでいんの」
「買い物に来たに決まってんでしょ」
卒業まで、まだ忙しい。
こんな風にたそがれている暇なんてない。
本当は。
二人で空を見上げていた。
うろこ雲が点々と並んでいる。
見上げるうちに形を変え、夕焼けの中に消えていった。
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