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昼休み、糸を呼び出した。
なぜか次長席と同じ場所の新しい部長席。程度が知れる。
すでに結婚して夫婦なので周りには気を遣う。話が話だけに談話室や休憩スペースというわけにもいかず。
「部長、お呼びですか」
「糸、お前生理来てないだろ」
「いきなりですね。まさか、そういうアプリ入れて私の生理を管理してるんですか」
「なんのアプリだよ、なんも入れてねえよ。別にいちいち日付つけてるわけじゃねぇけどよ、だいたいわかるだろ。その間、デキねえんだから」
生理や安全日、危険日を知らせてくれるありがたいアプリがあるらしい。
「そういうのは、お前が自分で入れとけよ」
「入力するのを忘れちゃうんですよね。そもそも私、わりと不順で」
「そういうのも病院行った方がいいんじゃねえの」
「そうですね、結婚もしたし今後のこともあるので一度行ってみますね」
「姉貴ンとこの病院はやめてくれよ」
「わかりました」
「いやいや、だから本題はそれじゃなくて、お前妊娠してねえか」
「えー? でもいつもつけてるじゃないですか。私がつけなくてもいいって言っても」
「100パーセントの避妊方法はない」
「保体の授業みたい」
「とにかく検査薬で調べてみろよ」
「今ですか? 下で買ってきます?」
「……いや、帰ったらでいい」
*
その日の夜、少し落ち着かない気持ちで残業をしていた。
糸はすでに退社している。
新居で一人、飯でも食ってる頃だろう。
結婚したはいいが、定時帰りとはほど遠い毎日で、全く新婚生活を謳歌できていない。
どうにかしたいと考えていると、スマホが鳴る。糸だ。
『で、できてましたー』
「え? は? ……マジか! 帰る! 今どこだ?」
『家のトイレ……』
「今から帰るから待っとけ!」
言いながら鞄と上着を掴む。
「あ、ぶちょ、お疲れさまっす」
「おつかれっス。お前らも適当に帰れよ!」
「ハイ? あざーっす……」
まだ残業している社員の間を早足で通り抜け、社屋を出て、すぐにタクシーを拾った。
ガラにもなく、スマホを握る手は震えていた。
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