結婚まで907日 #堂道と駅弁

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結婚まで907日 #堂道と駅弁

 いつの間にかドアが閉まったらしく、小さな窓からのぞく景色が動き始めた。  新幹線が静かに速度を上げていくが、車内は静岡駅から乗り込んだ客がなかなか落ち着かない。  もはやサラリーマン専用車両かと思うような乗車率で、二人掛けの窓際。  隣には誰もいない。ラッキーだ。  簡易テーブルを出して、売店で購入した駅弁の入ったレジ袋を置く。  缶ビールのプルトップを引いたところで返事が来た。 『お疲れ様です。本社、急ぎの用件はありません』  今日は榮倉も直帰。  俺も会社には寄らず、このまま新横浜で下車するつもりだ。  トークルームを切り替える。  切り替える必要があるのかはわからない。  チームの退社時間を把握するのは越権行為ではないはずだけれど、ただのイチ部下の帰宅を毎度確認するのは少し違うと思うから、なんとなく個人ラインでやりとりしている。 『あんたももう帰れ』 『試験データの整理があと少しですので、終わったら帰ります』 『できたら机の上置いといて』  町の明かりが線の早さで通り過ぎていく。  報告書をまとめようと思っていたのに、いつの間にか寝入ってしまって、新横浜に到着するアナウンスで起きた。  スマホに通知なし。  もう少しこのまま眠っていたいからと自分に言い訳して、結局、品川まで行った。  新幹線で通勤したらラクだなと考えながら10分。一瞬の眠りに落ちる。  *  営業部のフロアは半分照明が落ちていて、一課の島だけ明るい。  二課は誰も残っていなかった。  当然だ。  少し前に、『帰りました』と連絡が来ている。 「あれ? 堂道、直帰じゃなかったの? 玉響さん、さっき帰ったよ」  羽切が顔を上げた。 「ああ、うん。ちょっと仕事やっちまおうと思って」 「ご苦労さんだなぁ」  暗い自席の、片付いているとは言えない机の真ん中に、必死に居場所を求めた結果のように、他とは異質な書類が置いてあった。  付箋が貼ってある。   「……待っとけって、言えばよかったか」  手に下げていたレジ袋を崩れそうなファイルの上に置いて、明かりの届いていない席に座る。  リクライニングに思いきり体重を預けて、付箋の文字をしばらく見つめていた。  パーティションの隣で残業中の羽切に「これやる、土産」 「え? わあ、鯛めし! え、二つあるけど?」 「嫁さんに」 「まじかぁ。アイツ喜ぶわァ。ありがとー」 #結婚まで907日
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