結婚まで893日 #堂道とXデー

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結婚まで893日 #堂道とXデー

 その日の俺は、寝室の姿見の前で選択肢が二本しかないうちのネクタイを間違って締めた。  レジメンタルの日なのに、昨日と同じ臙脂の方を締めてしまって、しかし別にどうでもよかったのでそのままにした。  四十にもなればネクタイなどそれこそ売るほどあるが、その中から毎日どれか一本を選ぶのが、ついにはクロゼットから取り出すのすら面倒になって、とりあえず毎日同じじゃなければいいだろうと二本を交互に締めている。  特別だとか高級なブランドのものではなく当時、手近にあった適当な二本。  最近ではその二本ですら今日がどっちの日か考えるのが面倒で、別に毎日同じネクタイでもいいのではと思いはじめている。どうせ誰もこんなオッサンの服装など見ていない。  何の期待も希望もなく目覚めて、朝シャワーを浴びて、クリーニングから戻って来たシャツを着る。週末にスーパーで買った食パンを焼き、髪を固めて、ゴミ出しして駅に向かう。  いつもより一本早い電車に乗れたが、その混雑ぶりに大差はないので、ちょっとした喜びにもならない。  背を丸めたくなる寒い季節が過ぎても、くたびれてるなと自覚しつつも会社に行くのに背筋の伸びるわけもなく、ポケットに手を突っ込む。  そんな、いつもと変わらない、平凡で平和な一日の始まりだった。  仕事のトラブルも、部下の尻ぬぐいもよくあることで、近頃落ち着かなかった日々にもいつもの日常が戻りかけていたから、社用車を運転して彼女が現れた時も驚きはしたが、それだけだった。  この数か月、彼女が俺の視界や日常に登場することはよくあって、またか、と面倒に思ったくらいだ。  心底、恋愛なんかくだらないと思っていた。  負け惜しみではなく好き合っているやつらを冷めた目で見ていたし、結婚や夫婦制度に意味を見出せずにいた。  だから、本当に彼女のことをそんな対象として見てはいなかった。  多少の癒しや楽しみにはなっていたかもしれないが、少なくとも彼女とどうにかなることはあり得なかった。  まさか、その日を境に俺の人生が変わるなんて想定も想像もしていなかった。  ましてや、忌み嫌っていた愛だの恋だのによって、人生の路線が変わるとは。
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