結婚まで893日 #堂道とXデー

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 少々訳ありな、直属の上司部下でもない男女二人が名古屋までドライブだなど、一体誰のどんな力が働いたのか。 「寝てていいですよ」  必死に、まっすぐ前を見てハンドルを握るその横顔は、まつ毛や髪、服装、その何もかもが俺には理解の及ばないところで生きている人間のものだ。俺の知るものは何もない。例えば物を贈る機会があったとして、俺は彼女の欲しい物が全く一ミリもわからないだろう。これまでの経験値は役に立ちそうにない、そんな無力感がある。  それも当然のことで、ひとまわり以上も年下なのだから。  いくら好意を寄せられているとはいえ、そう易々と近づけるものではない。  突然、まさに彗星のごとく俺の目の前に現れた彼女は、出会いといえるほどのタイミングでもなく、きっかけといえるほどのもイベントも経ず、むしろ忌み嫌われてる存在の俺を、たかだかハンカチごときを見て好きになってくれた変わり者だ。 「怖くて寝てられっかよ。第一、他所の事務サンに運転させててさ、グースカ寝てられるほど能天気にできてねえよ」 「そうは言っても、堂道課長すごくお疲れでしょう? 会社に泊ってる日だってあるの、私、知ってますよ」 「あんたストーカーだったな、そういえば」 「今は、前みたいには課長のこと観察してません」 「それは何よりだ」  一生懸命に前だけを向いてそう言う彼女に、身勝手な失望をした次の瞬間、「でも、心配くらいはさせてください」そう言われて、心臓がジンとした。 「……直属でもない部下に心配されてるようじゃ、俺もショボいな」  「だったら言い方を変えます」 「言い方?」 「心配になるくらいには、まだ好きです」  その言葉はまるで的を射る矢のように、ストンと俺に突き刺さった。  他人に気遣われるというのは、思いの外、人を弱らせる。  その隙をつかれたのか、がちがちに守りを固めていたはずの『感情』に、驚くほど簡単に、そしてあまりに見事な孤を描いて刺さったものだから、馬鹿らしくて笑ってしまった。  そこにあった答えは自分でも驚くほどにシンプルなものだった。  
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