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「……それがさ、ちょっと前に急性胃腸炎になってさぁ」
空に近いジョッキを片手に、赤い顔の加古がぽつりとぽつりと口を開く。
「彼女のこと、好きだよ。今は、ちゃんと、好きなんだけど」
「え、なに、ノロケ?」牟樫が首をかしげる。
「……でも最初は、救急車を呼んでくれるパートナーが欲しくて……それが婚活のはじまり」
「はぁ?」
「人間っていうのはさ! 一人じゃ生きていけないんだよ! 互いに助け合って、支え合って……」
いきなりキンパチ?
「でもまあ、確かになー。それわかるかも。今年四十だもんなぁ。疲れやすいし、あちこち痛いし、腹はどんどん出てくるし……酒には飲まれる、胃はもたれる」
「牟樫は飲みすぎ食べすぎなんだよ」
「お前マジでまた太ったよなー」
「堂道、言ってやるな。これでも牟樫、ダイエットしてるんだよ。昼は低カロリー愛妻弁当なんだから」
「まあ、メシに関しては結婚しててよかったと思うかも」
「なあ、堂道」
呼ばれて目が合う。加古の切実なまなざし。
「お前も救急車を呼んでくれる人がいないんなら、せめて実家に住め。少なくとも命の心配はなくなるから」
笑い事だけど、笑い事じゃねえのもわかる。
『命のパートナー』か『引っ越し』か?
すごい二択だ。
一人か、二人か。
生けるか、死ぬか。
四十にして惑わず。
んじゃ、俺は一人で死んでやる。
#結婚まで1001日
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