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結婚の186日前に語る893日の事
「んー? ホテルに向かうタクシーの中? そりゃもうドキドキだろ」
「ドキドキ?」
「そ、若くてかわいい糸チャンにドキドキ。わっ、ちょ、やめろ、そんなこすりつけたら髭で肌傷めんだろ。わかったわかったから。……もちろんそれもあったけど、恐怖から来るドキドキだったかも。これから起こる事態に」
「事態って。その表現、穏やかじゃない」
「だってよ、おそらく、とてつもない一線を超えることになるんだぞ。あるまじきかつありえない事態だ」
「ヨユーの態度でしたよ、すました顔して」
「必死にヨユーぶってたんだよ。動悸っつうか心拍数すごくて、脈超速くて。車内が静かで。ホラ、よくあるじゃん、心臓の音が相手に聞こえてんじゃねぇかって心配するやつ、あれ本気で思った。聞こえてたらすげえハズイって」
「あの時、耳くっつけてそれ聞きたかったな。こうやって」
「クハ、それ爆死」
「ねえねえ、いつホテル予約したんですか」
「秘密」
「えー!」
「けど、静岡からの帰りの時点でもう覚悟はできてた」
「カクゴ?」
「そらそうだろ。手ェ出すなんざ切腹モンの覚悟がいったわ」
「そうなんだ。私、二人で出張して……こう、旅の雰囲気に流されちゃったのかって思ってました」
「んなわけあるかよ。どうしていいかわかんなくてさ。賽投げて、なりゆきに任せようと思った。だからって、会社着いて、じゃお疲れさんサイナラ! って、あの日あのまま別れる選択肢は今考えたら全くなかったな。最低でも飲みには誘ってたろうな」
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