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結婚まで881日 #堂道とワンルームマンション
堂道は困惑していた。
今夜、堂道は初めて糸の家を訪れた。
会社からは近く、しかし駅からは少し距離がある新しくきれいなマンションだ。
寝食一緒の小さな部屋は、とうてい落ち着けるものではなかった。
部屋に置いてある物の八割の、その用途がわからない。
例えばキャビネットの中段にある竹串のささった瓶。先がなにか液体に浸かってはいるが、それがただの飾りなのか、何か意味があるのか、まじない的な何かなのか。
殺風景でがらんとした自宅と比べると、ここは異世界の小箱のようだった。
ふわふわ、キラキラ、もこもこ。淡い色合いも落ち着かない。
わざわざこんなシチュエーションを金で買って経験しているくらいの違和感がある。
さっきまでスーツ姿でいた堂道のちぐはぐさは、まるでイメクラ通いのサラリーマンのようだったし、風呂場から出て来た糸はまた、素人まるだしの風俗嬢のようだった。あるいは、その場違い感は年若い部下の部屋で逢瀬を重ねる不倫上司か。
Tシャツなどの部屋着でもなく、かといってシルク素材のいかにもでないお菓子みたいな服で、化粧を落としたあどけない顔、コンタクトを外した眼鏡姿、前髪をちょんまげに結って、いろんな道具と化粧品で顔の手入れをするそのどれもが未知との遭遇だ。
堂道が今まで関係を持ったなかで糸ほど年の離れた相手はいなかった。
せいぜい、三つ下くらいまでだ。
本当にマシュマロのような肌をした若い女と、作り物のような異空間で抱き合い、誠実な男ぶって腕枕でするピロートーク。
仮想的でもあり、背徳的でもあり、夢のようでもあり、現実でもある。
話の途中で寝落ちしてしまった糸のこめかみに唇を寄せる。
自分たちはどこまで続いてどう別れるのか。
堂道は考えるのをやめて、束の間の儚い温もりを強く抱きしめた。
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