4377人が本棚に入れています
本棚に追加
/103ページ
=====
PM2:15
=====
「玉響さん、この書類頼むわ」
「はい」
「糸ちゃん、これもお願いー」
「はーい」
糸は忙しそうだ。
糸の業務は営業職の駆け込みがツケとなって回ってくるから月末は立て込みがちだ。
営業が努めて早めに早めに処理に回さないと全て皺寄せは営業事務にいく。事務は一人で何人もの営業職を担当しているのでなおさらだ。
課長席から正面を向けば、自然と糸のデスクが遠くはないところに見える。
実はその仕事ぶりはよく伺えた。
「羽切課長、今訂正して送りましたからご確認ください」
「ありがとう」
真面目で丁寧、サポート◎。
羽切の評価シートにはそう記載がある。
糸は今日はめずらしく髪を後ろで一つにまとめていて、髪が広がると昨夜の電話でぼやいていたから、だからこその髪型なのだろう。
どこがどう広がっているのか何が嫌なのか、広がるの意味も男の俺にはイマイチよくわからないが、土曜日に美容院に行くらしい。
今週は久々に予定のない週末になりそうだった。
俺の社員IDを入力すれば、管理職権限で人事のデータを閲覧することができる。
学歴、職歴、保有資格や趣味、特技、家族構成。
出身大学など別に知りたくもないが、興味がないわけではない。
これまでの糸とこれまでの俺に、例えば何か驚くような共通点とか、運命的な繋がりが見つかるかもしれないなどまるで少女のように考えてみる。
なにかがあったら糸が喜ぶだろうなと想像する。
ただ知りすぎるのは危険だから、何度かアクセスしかけたページを見たことはまだない。
そもそもそんなもの見ずとも糸に尋ねれば教えてくれるようなことばかりだし。
「玉響さん、これ今日中に処理できるかなぁ?」
「うーん、がんばります」
おいおい、当馬、しっかりしてくれよ。
糸は残業になりそうだな。
時間を合わせて一緒に帰るか。
週末は、再三呼ばれて無視し続けている実家に一度帰っておくか。バスケも最近ずっと断り続けているし。
やベーな。
もう一人で過ごす週末を忘れかけているのか。
やべーな。
肝に銘じてはいるけれども。
「堂道課長」
「あ? ああ、椎野かどうした」
「これ、チェックお願いしたいんですが」
「おう、じゃミーティングブース行くぞ」
開いていたウインドウのバツをクリックして、席を立つ。
パンドラの箱はやっぱり開けなかった。
最初のコメントを投稿しよう!