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PM9:15
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「課長、お待たせしました」
会社からほど近くの居酒屋。『とりあえずのビール』が運ばれてくる前に、糸はやって来た。
「そんな待ってない」
「知ってますよー。会社出た時間差、五分くらいですよ。ビルの下で待っててくれるかなと思ったのに。それこそ確かに、待っててもらって一緒に来るほどの距離でもないですけどー」
「おまたせしましたー」
「あ、私も生中一つお願いします」
俺の生中と糸のオーダーが入れ違う。
一人で先に始めてるのならともかく、確かにこの時間差ではせっかくの生ビールの泡が減っちまうけどな。
「言っときますけど、バレバレだったみたいですよ。当馬くんに、待ち合わせ?って聞かれましたし」
「お前、アイコンタクトしてきすぎだろ」
「あは、すみません」
「……いや、俺こそすまん」
俺はつきあっていることを隠したがっている小さい男だが、やはり社内恋愛はデリケートだから、その後の事など考えるとどうしても慎重になる。
それに、やっぱり相手が俺ではおもしろおかしく言われるに決まっているし。
当馬たちに知れてしまった今、あいつらに悪意がなくともそのうち公然になっていくだろう。ある程度は腹をくくらなきゃな。
「私は別にどっちでもいいんですけど」
「嫁入り前のお前に傷がつくようなことは絶対しねえよ」
「……逆に傷つきたいかも。責任感じて、課長が『一生責任』取ってくれるかもしれないし」
「……バァカ」
「お待たせしましたー、ハイッ、ナマ一丁!」
「ありがとうございますー。ささ、お待たせしましたー、残業お疲れ様ですー」
「課長、綺麗に別れないと、私ストーカーになるかもしれませんからね」
唇についた泡を舌で舐めとりながら言う。エロいというよりかわいい。
「……お前、重いわ」
苦言を呈したというのに糸はむしろ嬉しそうに笑って、「お腹すいたー」とメニューを広げた。
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