さよなら堂道

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さよなら堂道

 虫の知らせとはよく言ったもんで、その数日前に俺は偶然テレビでX県の旅番組を観た。  割と真剣に観て、有名な観光地から穴場情報まで、X県について少しだけ詳しくなっていた。  時代は人に優しくなりつつあるが、現場はそうそう変われない。  俺の時代は、なんて言葉を口にし出したら、そこには埋まらないジェネレーションギャップがあるということだ。  新人の洗礼とか通過儀礼とか、自分らも先輩にいじめられたからいじめ返す。  なくならない体育会系の悪習だが、自分もそんなふうに厳しく育てられて強くなった、できるようになった。そう思うからこそ、次の世代に同じことを繰り返してしまうのかもしれない。 「堂道課長にはおそらくXに行ってもらうことになるだろう。X支社は知っての通り全支社のなかで一番業績が悪い。立て直してもらいたい」  自業自得だし、地方行きには抵抗はない。不遇にも慣れている。  本社勤務にも執着はないし、割に合わない課長職などこっちから願い下げだ。 「堂道課長は独り身だし、ご両親の介護とかもなかったな?」 「はい、すぐに行けます」  会議室を出る。  辞令と具体的な日時は追って連絡があるらしい。  こういう場合の懸念材料も、未練も俺にはないはずったのに、今は、一つだけできていた。  来るべき時が早まっただけでもともと期限付きの契約だ。  心の準備ができていないだけ。  来月に計画していた旅行をキャンセルしないといけねえな。    一足先に体は思い出したらしい。  手が胸ポケットに煙草の箱を探していた。
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