結婚まで840日 #堂道と瞬き

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結婚まで840日 #堂道と瞬き

 別に眺望が気に入ってこのマンションを購入したわけではなかったが、暮らしてみるとベランダから景色を眺めることは案外多かった。  開けた眼前に高い建物はなく、遠くに海が見えて、夜景もそこそこ。  目の前の線路には駅を発着する電車の行き来がある。線路を走って来た電車がまた出ていく、の繰り返しなのだが、見ていて飽きない。  暇だったころ、その繰り返しを延々眺めていたこともある。  夏には花火も見える。  確かにそれはウリの一つで、まだ糸と付き合ってもいない頃、たしか駅から会社まで歩いているときだった。あえて速足で歩く俺に糸は必死に並んできて、狙ってか偶然か知らないが、近所の花火大会の話を持ち出してきて、 「ああ? あー、それ、うちのベランダから花火見えるやつだわ」 「えっ、えっ! 観たい! 観に行きたいです!」 「何でもない部下を家に上げられるわけあるか」 「絶対、花火観るだけにしますから!」 「他になんかする前提かよ」  結局、その夏の花火は俺の部屋から見たんだけど。花火観るだけでもなかったけど。もう付き合ってたから問題はない。  ベランダは、一般的なマンションよりも広くて、朝日の中で洗濯ものを一緒に干したりした。 「……おま、こんな下着つけてんの?」 「きゃ」 「爽やかな朝が一気に卑猥になったわ」 「お天道様の下でそんなエロいの見せるのやめてくださいよ!」 「エロいのって自分で……。てか、こういうのって他のと一緒くたに洗っていいもんなのか?」 「いいんですいいんです。見せるために洗ってますから」 「つけてんの見せろよ」 「いやいや、課長が見もせずすぐ脱がすんでしょー」  隣の奥さんに聞かれていたら、真っ赤で真っ青な馬鹿な会話だ。  糸はこのベランダが好きでよく俺を呼んで一緒に出たがった。  子どものように、海に船が見えるといちいち教えてくれた。    
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