結婚まで途中下車? 堂道と雷原さん

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「え、なんで知ってんすか!」 「秘密です」 「えっ、なんで?」 「息子が少年バスケやってて、ちょうどノー残業デーが練習日なんでよかったら練習見に来ませんか」 「いや、俺は別にそういうのは……」 「隣でママさんバスケもやってるんです。私もメンバーなんですよ」 「へえ、雷春さんが……、って、だからなんで俺がバスケやってたって知ってるんですか?」 「大したことじゃないです、ほんと。練習見に来てくれたら教えます。では失礼します」  雷春さんは自席に戻って行った。 「えー……まじちょっと気になるんですけどォ……」  しかし、同僚の女性(ましてや独身)が相手となると容易にプライベートに踏み込みたくない。  と思っていたのだが、X支社の営業部はよく言えばアットホーム、悪く言えばナァナァだった。  本社や東京の人間関係が殺伐として冷たいと言われるのが頷けるし、向こうでは政治家の発言レベルで言質を取られないよう、常に気を遣って話しているのだと気づかされる。 「雷春さん、昨日クリニックビルの薬局で君を見たって家内が言ってたぞー。なんか病院行ったのか」と係長。 「ええ、息子の眼科に行かないといけなくて」 「ひとり親は大変だねぇ。翔太くんだって寂しいだろうよ。再婚しないの?」 「なかなかご縁がなくて」  おいおい。  個人情報保護の意識などまったくなし。  他にも女性蔑視、パワハラ・セクハラだって飛び交っているし、俺もここでなら立派な優良社会人だ。  他に配慮しない雑談から、ほんの数日で俺にも、同僚の家族構成、通っている学校、かかりつけの病院まで把握できるほどだった。  まあ、そんなこんなで東京気取りだった俺も、公と私のボーダーラインがかすんできて、結局一か月後のノー残業デーにそのバスケの練習とやらを見学に行くことになった。  なにより、こっちの生活が暇すぎた。  引継ぎを一通り終えて自分のペースで仕事ができるようになると、自然と時間を持て余すようになった。    糸は毎日連絡をくれる。  毎晩、その文字を眺めながら、酒を飲むだけだ。  酒の量も当然増える。 「俺、毎日何してたんだったかな……」  そう思うのも、そんな毎日を送るのも嫌で、唯一の救いとなりえるバスケットボールという場にただ惹かれていた。
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