4376人が本棚に入れています
本棚に追加
/103ページ
俺だって指導経験はない。高校の練習に出向くことはたまにあるが、練習相手になることが目的だし、求められてもアドバイス程度のことしか言えない。
『別にこの子たちを強くして頂きたいわけではないですし、指導なんて気負って頂かなくても、気楽に見てやってほしいという勝手なお願いなんですが……課長、仕事ばっかしてちゃもったいないですよ。こっち来て……お暇なのでは?』
雷春さんが茶目っ気たっぷりに笑って言った。
やってみるか。
なんつっても暇だしな。
寝転びながら、胸ポケットからスマホを取り出す。
『こちら飲み会。そちらノー残業デー?ドウゾ?』
『応答せよ』
『飲み会嫌ですー課長いないから行ってもおもしろくない』
『応答せよ!応答せよ!』
『どうせなら飲むならそっちへ飲みに行きます』
「……おいおい、一杯いくらの酒になるんだよ」
『課長、応答、してください』
糸は毎日連絡をくれる。
めったに返信はしないがまれに返してしまうことはある。
話すことは山ほどある。けれど、もう話さない。
道は分かたれている。
糸には糸の人生がある。
「……もう忘れろ」
スマホをリビングテーブルに放る。
また届いたらしいメッセージの着信が机に響いて大きな音を鳴らす。
もう見ない。
どうにかだろうが、やっとだろうが、俺は俺の人生を、生きるから。
最初のコメントを投稿しよう!