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人間関係の風向きなんてのは、自分自身の思惑とは裏腹に気まぐれな風が吹く。
俺は、羽切みたいに優男でもねえし、草太や星野みたいにかわいい後輩ってガラでもねえ。ましてや、冬至みたいな『放っておけないタイプ』のま反対だから敵は多い。
基本、世間話なんて生ぬるいモンはしないし、サービス精神とか気が利くとかもねえ。どうでもいい奴らになんでそんな気ィ遣わなきゃいけねえんだよって思うし、愛想もねえし、乱暴だし、で特に女からの評判はすこぶる悪いんだが。
「堂道課長、このどら焼きどうぞ」
どら焼き……。
「堂道課長、サツマイモ、主人の実家からもらったからどうぞ」
さつまいも……。
「課長、これ」
栄養ドリンク……これはまあ、ありがたいけど。
事務のオバチャンたちがなぜか優しい。
首を傾げながら、休憩コーナーでもらったばかりの栄養ドリンクを飲んでいると、「昨日、山田さんが課長の事、見たんですって」と雷春さんがやってきた。
「昨日? どこで」
「帰りにスーパー寄りませんでした?」
「ああ、寄りました」
「狭いですから。私もイオン行ったら会社の人に二人以上は会いますよ。こんな田舎じゃ不倫もできません。すぐばれるし」
「それは……、気をつけねえと」
「で、残業終えた課長が、割引になって、しかももう売れ残ったみそっかすみたいなお惣菜を買ってたって……」
「みそっかすって……」
確かに、焼き鳥一本パックとイカの天ぷらしかなかったから、それをかごに入れたけど、そんなことまでチェックされてんのか。ババア、怖ぇ。
「深夜にね、くたびれた男やもめがスーパーのレジかご持ってる姿がオバサンたちの同情を引いたみたいです。一人、かわいそうって」
「……ついこの前まで、俺なんて離婚されてトーゼンだみたいな言われ方をしてたはずなんスけど……」
聞こえてるんすよ、ババアたちの話は。井戸端会議の声がでけぇんだよ。
「次は、おせっかい焼かれるかもしれませんよ。再婚した方がいいって結論になってましたから」
「あー、それはちょっとめんどくせえな」
そう言って頭を掻くと、雷春さんは同情で笑ってから、
「……彼女は、いらっしゃったんですよね?」
「は……?」
まさかそんなことまで部長は個人情報もらしてんのか!
「いえいえ、翔太がそれらしきこと言ってたので。セクハラですよね、すみません」
「……いや、別にいいですけど」
少年バスケは楽しい。子どもたちはかわいい。が、ウザイ。
アレコレ、しょうもないガキみたいなことを聞いてきやがる。まあ、実際、ガキなんだけど。
でもストレートだから、こそこそするババアたちよりは清々しい。
「『彼女』は過去形なんですか?」
「あー、まあ、別れてます、一応」
「一応って、うわ、煮え切らない男がここに」
フン、放っておいてくれ。
「いや、だって転勤になってこの先どうなるかもわかんねえところに、このトシですから……。再婚は考えてなかったんで、まだ……」
「……二回目は、やっぱり慎重になりますよね」
雷春さんはそう言うと立ち上がり、
「じゃ、私からはこれ」
スーパーの一割引きチケットをくれた。
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