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時として『おばさん』という人種はありがたくもあり厄介でもある。
それを身に染みて実感する最近の職場。
異動になって三ヵ月。
本領発揮とでも言おうか。
いい人たちだがおせっかい。悪い人たちではないがめんどくさい。
無遠慮でストレートな距離感は嫌いではないが、東京に慣れていると人のあたたかみよりも窮屈さを感じてしまう。
「課長サン、ちょっと痩せたんじゃない?」
「そうっすかね」
「ちゃんと食べないと。それ以上痩せたらギスギスして哀れよ」
「……まあ、そうっすね」
「ごはん、ウチに食べにくる?」
「いやいや、遠慮しときます」
オバサンたちはいつも妙に的を射ていて、東京で一人でいた時よりも食生活は荒れている。体重は計っていないがズボンのウエストが緩くなった。
もともと痩せ型の男が痩せると干物感が増して、そのうち病気を疑われるだろう。
うまい定食屋と小料理屋の間みたいな店が帰り道にあって、そこに美人女将でもいれば毎日……と想像した『美人女将』の顔は糸だった。重症だ。
そもそも糸は大して料理が得意でもないらしいし、着物姿も想像できないし、あいつはカウンターの中に立って疲れた男を癒してくれるタイプでもない。
まあ、糸に似た女のいる店があるならついつい通うかもしれねえなぁ。
と、考えていると話が変な方向へ向かい始めた。
「もう再婚しなさいよ」
「再婚の予定はあるのぉ?」
「課長に限ってないでしょ」
ほっとけよ。
「こはるちゃん、いいじゃない」
「ねぇ! 年のころもちょうどいいし。課長、翔太君にバスケ教えてるんでしょー?」
話がもっと変な方向へ向かい始めた。
まだ本人のいる前で話題にしないだけマシなおばちゃんたちだと思うしかない。雷春さんは今、外に出ている。
「こっちに転勤なったのもなんかの縁!」
「再婚するならバツイチ子持ちくらいの相手が最高だわよ。気楽で気兼ねもなくて、傷の舐め合いじゃない居心地の良さ」
痛いところをついてきやがる。さすが年の功。
そうだよな。わかりますよ、いいたいこと。そうなんです。わかってるよ。
わかってるんですけど。
「あー……、いますんで」
「……なにが? 彼女?」
「いや、まあ……」
「課長に!?」
「彼女いんの!? どこに!?」
「彼女と言うか、婚約、前提……のようなひとが、東京に……」
「ええ、意外だわー」
「信じられないわー」
「どの顔で好きだとか言うの!?」
ほっとけよ。
「その年で、なに婚約とか前提とか言ってんのよ!? 早くしなさいよ! 悠長なこと言ってられるトシでもないでしょうに」
「ま、そのうち考えます。……んで、雷春さんと再婚とか、それ本人には言わないで下さいよ」
「わかってるわよー!」
「そんなデリケートな話、しないわよー」
しかし、次の日に雷春さんが「課長、私も再婚は考えてないですから、変な気を遣わないで下さいね」と言ってきて、ババアたちの口の軽さを思い知った。
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