結婚まで途中下車? 堂道と雷原さん

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 人生において「あの日を境に」と思う出来事はいくつかあって、おそらく糸がやってきた日は俺にとってその一つにあたる。  それまでも糸の出現によって俺の人生の後半戦は一時、華やかにはなっていた。しかし、期間限定のつもりだったし、左遷だったりもあって、一過性のものである可能性の方が強かった。  この先がどうなるかなんてわからない。ただ、こうありたいと思って行動することに意味はある。  俺はおそらくこの日、生涯を糸と共にあることを現実的に、強く望むようになった。消去法やリスクばかりを数え上げるのもやめて。  それからしばらく経ったある日、朝の情報番組の占いが12位だった。  占いなんか信じちゃいねえけど、俺はどっちかというと良い方より悪い方を気にするタイプだ。元がネガティブ思考なんすよ、こう見えても。  ま、一位だろうが最下位だろうが、上がりも下がりもしねえ、平凡な毎日だ。  俺の人生で勝ち組だったことなんてひとつもねえけど、負け組っつーほどでもねえ。って思ってたけど、左遷されて四十路で先行き不透明ってもしかしてなかなか詰んでんのか? だってクビにはなってねえしと思ってたけど。  ベランダに出て小さな植木鉢に水をやる。  冬至に託したはずが、あいつは持って帰るのを忘れやがって、結局引っ越しの荷物と一緒にやってきたミニバラ。切りっぱなしの枝は生きてんのか枯れてんのかわからねえけど、思い出した時に水をやっている。  目の前にはのどかな田園地帯。霜が降りてすべてが白っぽくなっている。  凍えるような朝のベランダで、ふと、一本吸いたくなった。  結局、煙草はやめたまま。別に、縁起だポリシーだなんて意味はなく、地方でも喫煙者の肩身が狭いのは同じだし、体にも良くないだろうといい機会だからやめることにした。    ここは思ったよりも暮らしやすい。  異動してきてまだ三ヵ月だが、そう思っている自分がいる。  冷蔵庫を開けると、総菜の入った容器がいくつかあった。  受け取っちゃいけないだろうなと思いつつ、くれるつーのに、「受け取れません」とは言えねーじゃん?  本当に作り過ぎたのかもしれねーじゃん? 普通に老婆心で体心配してくれたのかもしれねーじゃん? 事務のオバちゃんたちがいろいろ恵んでくれるように。  雷春さん。  でも、俺「彼女いる」って言ってるしな。  だから、「今後は必要ありません。彼女に申し開きができないんで」って言えた。  ありがとう、婚約前提のひと。 『おはようございます!』  そんな、婚約前提のひとからの朝の定期連絡。  そのうち、話題も興味もなくなって、回数は減り、途絶えていくのだろうやり取り。  俺は再婚はしないよ。お前は結婚したらいい。つうか、しろ。  でもしばらくだけ、せっかくいたお前の存在で偽装させてもらうわ。  小学生にからかわれたことを思い出す。  『妄想カノジョ』、あながち間違いでもねえか。
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