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結婚まで270日 #堂道とサプライズ
『〇月×日付をもって、現職の任を解き、本社営業部への転勤並びに本社営業部次長に任命する。なお、この内示については、正式な辞令が交付されるまで口外してはならない』
ある日、あっけなく、沙汰が解けた。
打診もなく、予想も予感も全くなかったので、出社して確認したメールを見て、しばらくの間固まってしまった。
とりあえず、異動を念頭に、今後の仕事の段取りを考える。
部長に呼ばれる。
「堂道くん、ウチでよくやってくれて。本社戻るの残念だよー」
「はあ」
「よければ、こっちにずっといてくれてもいいんだよ? 本社の人事に掛けあってみて……」
「いえ、結構です」
そりゃ、部長は楽だったろうよ。
どんだけケツふかされたと思ってんだよ。
たしかに、支社はコンプライアンス無視な風土だから、自由に仕事させてもらえたところはあるが。
しかし、思ったより早かった。
ましてや昇進ときている。
まさか本当に、糸がこの二年の間に本社で俺のことをいいように触れ回ったのか。その効果か。
糸とは一応別れたことになっているが、腹はとうに括っているし、もはや引き返せないところまで来ている自覚はある。
本社に戻れる確証もなかったから、こっちで根を下ろす場合のことも考えてはいた。
――――本社か。
転勤、昇進は正直ありがたい。
忙しくなりそうだ。
家もこれからの予定によって探し方が変わってくる。
指輪(ちなみにサイズは既に本人から知らされている)も用意しなければならない。好みや希望もあるだろう。前の男からもらって気に入っている指輪のブランドとか。
まだ内示だけど、糸だから言ってもいいよな。
ダメか、あいつ絶対言動に出るしな。
やべ。
どうやって糸を驚かそうか考えると頬が緩むわ。
とりあえず明日からの週末、東京帰るか。
*
「え、どした、なんで?」
「会社は?」
「半休取りました」
「いつから待ってたんだよ」
「一時間くらい前。だって今日ノー残業デーだし、遅くはないかなって」
「ラインしろよ」
「サプライズ!」
「あのねー、かわいい若い子がそんなとこで座って待ってるとか危ないからマジでヤメテ」
「もう若くないから大丈夫ですよ」
「つーかさ、来たらダメだって言ってんでしょーが。交通費だって安かないんだし、その分貯金しなさいヨ」
「だって大ニュースが」
「大ニュース?」
「内々ですが、こっそり羽切室長が教えてくれて」
「何を」
「次の辞令で本社に戻れます!」
おいおい、羽切!
『正式な辞令が交付されるまで口外してはならない』んだぞ!
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