貴族だからじゃない

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貴族だからじゃない

 庭園に行って、庭師のカールさんに苗は何処かと聞くと、ちゃんと保管してくれていて私に持ってきてくれた。 「ありがとう、カールさん」 「そんな傷いっぱいにされちまって……遠目で見てたから何となくは分かるよ。あれはあのお嬢様が悪い。まぁ、それを大きな声では言えないがなぁ」 「ふふ……分かってくれる人がいるだけで充分だよ。薔薇……かなり私が押し潰しちゃったね……ごめんなさい」 「サラサちゃんは悪くねぇって。守ろうとしてくれたんだろ? その前にあのお嬢様と侍女が薔薇を踏み荒らしたからなぁ。ったく、人が丹精込めて育ててる薔薇に何て事してくれるんだって感じだよ」 「うん……薔薇は虫がつきやすいからね。病気にもかかっちゃうし、だから駆除剤も肥料もしっかり与えて、剪定して病気の葉を取り除いて、大切に大切に育てているんだよね」 「あぁ、そうだ。特にご主人様は真っ赤な薔薇を一番に気に入って頂けてるのか、大切に思ってくださっているからな。それを何が不満であんな事をするんだか……」 「プレゼントとして花束を貰うのは良いけど、虫が寄るのが嫌なんだって。その話をしてた時に、丁度エヴェリーナ様に向かって虫が飛んできたみたいで、それで怒っちゃったの」 「どの花にだって虫くらい付くわなぁ。ったく、自然を何だと思ってんだ? 俺はあのお嬢様とご主人様の結婚には反対だな!」 「そう、だね……でも決めるのはヴィル様だから……」 「まぁな。ほら、俺も手伝ってやるからよ。苗植えちまおう」 「うん」  カールさんは昔からここで働いてる、腕の良い庭師のおじさんなの。言葉は少し乱暴なところがあるけれど、とっても優しいの。  カールさんと一緒に、空いている畑に苗を植えていく。一つ一つ丁寧に。元気に育ってねって願いを込めながら植えていって、肥料も与えておく。  畑と薔薇のある場所は比較的近い。まだ薔薇の処理がちゃんと出来ていなかったみたいで、私が押し潰したのと、エヴェリーナ様と侍女さんに踏み荒らされた薔薇は無惨な状態でそこにあった。  申し訳ない……  薔薇を悲しそうな目で見てしまっていたのか、カールさんは私の頭を優しく撫でてくれた。  最後に水をあげて植え替え完了。あとは、何の草花か、名札を書いて立てておかなきゃね。  カールさんにお礼を言って、エヴェリーナ様が滞在中、私は休む事にしたと告げる。カールさんもそれが良いと賛成してくれた。  庭園から自室へ帰るべく、裏手にある勝手口から中へ入る。そこからキッチンへ行けるから、料理人の人たちにもやっぱり暫く休むと伝えてその場を後にする。  キッチンから食堂へ抜けて、それから自室へ戻ろうと階段を上がった所でバッタリとエヴェリーナ様に会ってしまった。  間が悪い……  明らかにギリギリと歯軋りをして私を睨んで、エヴェリーナ様は苛立たしげに私に詰め寄ってきた。 「あなたって本当にわたくしの邪魔ばかりをなさるのね!」 「えっと、それはどういう……」 「この脚の傷もあなたのせいよ! こんな体にして、謝罪の言葉もないわけ?!」 「え、それはエヴェ……オルキアガ伯爵令嬢様がご自分で薔薇を踏まれたからで……」 「口答えは許さないと言ったはずよ!」  何故かエヴェリーナ様の脚の怪我も私のせいにされた。なんでかな。被害妄想が過ぎるんじゃないかな。貴族はそうなのかと思ったけれど、多分違うだろうな。エヴェリーナ様が異常なのかも知れない。  まだ私を睨み付けているエヴェリーナ様に、どう言ったら良いのか困っていると、玄関にお客様が来られたようだ。 「すみませんが……」 と声が聞こえて、私はそのお客様の対応をしようとエヴェリーナ様から離れようとした瞬間、 「まだ話は終わっていなくてよ!」 と言う声と共にドンッ! と肩を強く叩かれた。  私はその反動でバランスを崩し、後ろへ倒れそうになった。  今日はこういう事が二回目だな。さっきは私が悪かったと思う。だってエヴェリーナ様を掴んでしまったんだもの。  だけど今回は違うよね? 私、何もしてないよね? ただ、食って掛かってくるエヴェリーナ様を回避しようとしただけだよね?  あ、そうだ、ここ、階段だった。  え? これってヤバくない? 落ちちゃうよ? 思わず手を伸ばしたけれど、エヴェリーナ様が私の手を取る事はなく……  ガツンって頭に衝撃を受けて、目の前は真っ暗になった。    暗い暗い暗闇の中……  あれ? ここはどこだっけ……  あ、リノ!  リノが薔薇を私の髪に挿してくれた。って事は、ここは孤児院の近くの山の麓だ。  リノ、あのね、私もね、リノの事がずっと好きだったんだよ。お嫁さんになって欲しいって言われた時は凄く嬉しくてね、でもすごく恥ずかしくって、あの時自分の気持ちを言えなかったの。  だから言わせてね。私もリノのお嫁さんになりたい。ずっとリノと一緒にいたい。  そう言ったのに、リノは暗闇と共にどっかいっちゃった。また暗闇の中。と思ったら、目の前がまた明るくなってきた。  あ、アルフォンス様だ。ここは騎士爵様の屋敷の中庭だ。そうだ、今、ご子息のアルフォンス様と魔法の実践練習をしているところだった。  またそんな悔しそうな顔をして私に魔法を仕掛けてくる。それを難なく躱して防御魔法を放つ。それ、当たってたら私死んでたよ? 殺す勢いで掛かってきてるよね。    でも日が経つにつれて、アルフォンス様は剣を持たなくなった。魔法の訓練も顔を出さなくなった。私は仕方なく、講師の先生に一人で教えを乞うようになったっけ。  それで騎士団に入るように言われたんだ。もう既に手続きは済ませてあるから行ってこいって、その一言で私は追い出されるように騎士団へ入団させられちゃったな。  また暗くなった。次に明るくなって目に入ったのは、敵が私に斬りかかってきているところ。  私は怖くなって、思いっきり剣を奮った。次の瞬間、敵の首は胴体から離れ、血飛沫と共にゴトリと私の足下に落ちた。  それは初めて人を殺した瞬間。まだその時の感覚が手に残ってる。怖くて、でも何て事をしてしまったのかと胸が苦しくなって、ガタガタ震えてしまったのを今も鮮明に思い出せる。  そしてまた目の前が暗くなっていく。  そうやって私は、何故か前世の記憶を辿るように、あの頃あった事が目の前で繰り広げられては消えていった。  良かった事はリノとの思い出だけ。  ほかの事は、何一つ思い出さなくていい、思い出したくもない事ばかりだった。  
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