3.初デートで知る事

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3.初デートで知る事

待ち合わせの場所に着くと、 瑞綺くんはすぐに見つけられた。 改札を出てすぐの駅の柱に、 人混みからスラリと頭ひとつ抜けて 立っている。 背が高くて、 駅の柱に沿って立っているだけなのに、 様になる。 何気ない風景を切り取って 絵にしてしまえるようなオーラがあって、 改めてすごい人なんだなと、 ぼんやりしてしまった。 時計を確認してから、 ぐるりと辺りを見回した瑞綺くんが、 私を見つけて手を振る。 周りにいた女性たちが、 さりげなく一斉に私の方を向いて、 注目を浴びた。 その視線に驚いてしまって、下を向いて小走りで瑞綺くんの元へと駆け寄った。 今日は瑞綺くんと デートをすることになったのだ。 安直にも思えるけれど、 お互いを良く知り、恋するための練習をする。 それならばデート?と ニ人で無い知識を絞った結果、 案が出てきて 土曜日の今日、デートをすることに したのだった。 「おはよ」 「おはようございます」 「えっと、今日って学校行くの?」 「行きませんけど」 「えっと、なんで制服着てるの?」 私の姿を見た瑞綺くんが、戸惑いながら私に聞く。 「それは……、服が分からなくて」 「なるほど」 自慢にならないけれど デートに着ていく服なんて、 ひとつも持ってない。 そして、 どんな服を買えばいいかも分からない。 悩んだ挙句、変な格好をしていくよりは 堂々と制服を着て向かおうと、 決めたのだった。 「それで、瑞綺くん」 「うん?」 「瑞綺くんて、モデルさんじゃないですか。 服、選んでもらえないかなと思って。 そういうのって、デートとして変ですか?」 服を買うお金も持ってきた。 別に一日制服で過ごしても良かったけれど、 粧すということを、してみたかった。 格好を可愛くして、どんな気分になるのか。 楽しいのか、やっぱり必要ないと感じるのか、 味わってみたかったのだ。 「全然良いよ! むしろめっちゃ楽しそう。 俺、服なら好きだから、きっと教えてあげられるよ。 一回本屋さん寄って女性服の雑誌見てみない? それで成瀬さんの好きな服見つけて、 そのジャンルの服買いに行こ?」 瑞綺くんが 生き生きと楽しそうに提案してくれたので、 こんなことを頼んで大丈夫か 内心心配していた私は、ほっとした。 「ありがとう」 「ふふ。良かった。 俺、少し緊張してたけど、 楽しくなってきた」 緊張するのは自分だけじゃない。 分かっていたことだけど、 聞いて改めて気付く。 今日はこのデートを通して、 恋愛や異性だけじゃなく、 瑞綺くんのこともちゃんと知りたいな、 と思った。 歩き始めて、違和感に気づく。 私は普通に歩いているのに、 瑞綺くんが同じく横を歩いている。 だけど、それはおかしい。 だってこの人、とても脚が長い。 「ペースを、合わせてくれてるんですね。 ありがとう」 「え! あ、うん。俺、たぶん普通に歩くと、 成瀬さんのこと置いてっちゃうから……」 「脚、長いですもんね。 私に合わせて、辛く無いですか?」 「全然大丈夫だよ」 「ちょっと、 試しに普通に歩いてみてくれませんか?」 「え!? いいけど…。じゃあいくね」 そう言って、瑞綺くんが本来のペースで歩き出した。 すごく早くて、ぐんぐん前に行ってしまう。 小走りで後を追う。 追いついても、 同じペースで歩こうと思うと 小走りになってしまう。 「ごめっ。やっぱり、無理だ。速い……!」 「あはは。置いていってごめんね。 俺はゆっくり歩くの、 大変じゃ無いから大丈夫だよ」 「ありがとう。あはは。 思ってた以上に速くて、びっくりした」 「俺もどんどん成瀬さんが離れてくから、 戸惑ったよ」 2人で顔を見合わせて、笑う。 ただ話しているだけなのに、楽しい。 そして、 お互いの違いを楽しめるのが、嬉しい。 「ねぇねぇ、これとかどう?」 ショッピングモールの中にある 大型書店へ入って、 2人で女性服の雑誌を見ていく。 「こんな可愛い服、似合わないよ」 「えー、似合うよ。成瀬さん、色白いし、 ピンク系似合うと思うんだけどなぁ」 「こっちの雑誌のが、 まだハードルが低い気がする……」 「ハードル? って?」 「なんか、私が着ても、まだマシ、みたいな。 可愛い過ぎる格好は、 着こなせないっていうか、 似合わなさそうで、勇気が出ない」 「そっか」 「うん」 「俺もね、モデルはじめたばかりの頃、 自分にはこんな格好服着こなせない! とかたくさん思ってて、気持ち、分かる。 でもさ、いろんな服を着ていく中で、 気付いたことがあって。 合う合わないはもちろん、人によってあるの。 でもね、好きな服を着てる時の表情って、 やっぱりすごく良くなる。 だから俺、見え方も大事だけど、 好きな服を着るってことも すごく大事にしてて。 まぁ仕事の時はそんな事ばっか 言ってられないけどさ。 えっとだから、 合う合わないはそんな気にせずに、 着てみたい服、選ぼう!」 そう言うと、 背中をポンッと押してニコッと笑った。 彼に似合わない服なんて この世には無さそうで、 着る服で悩んだりすることも 無いんだろうなって、勝手に思っていた。 だってこの長身と美しさで、 きっとどんな服だって 着こなせてしまえそうだ。 だけど少しの嫌味もなく、 瑞綺くんが言ってくれた言葉が身体に 浸透していって、 私は素直にそうしようと思った。 私は、どんな服が着てみたいんだろう。 そう思って雑誌を見ると、 さっきまでの 服を選ぶ事を難しく感じる気持ちは どこかへ行ってしまって、 なんだかワクワクした、 楽しみな気持ちになってきた。 2人で選んだ雑誌をひとつ買って、 書店の入り口に並べられた本を見ながら 瑞綺くんを待つ。 欲しい文庫本を見つけたとかで、 そのお会計をしているのだ。 「真奈ちゃん……?」 ベストセラーと書かれた小説を手に取り パラパラと中を見ていると、 声をかけられた。 振り返り顔を見て、思わず後退る。 この人、誰だっけ……? そこには、 他校の制服を着た男子が立っていた。 なぜか見覚えはある。 だけど名前も、どこで会ったかも出てこない。 無言で固まっていると、 「あ……覚えてないかな? 1ヶ月くらい前、 亜希ちゃんの紹介で少しだけ話した、 下野 渉です」 「……ああ!」 一か月か、 もう少し前くらいの夏休み前に一度、  親友の亜希が、紹介したい人がいると言って、 半ば強引な形でお茶をした。 高校から彼氏ができた亜希は、 彼氏との時間を大切にするようになった。 そんなのは当たり前のことで、 別に気にしていなかった。 だけど私に友人は少ないし、 亜希との時間が減った私は 1人の時間が増えて、 それを気に病んだ亜希は、 変わり映えしない 私の日々に新風を起こそうと考えた。 亜希の彼氏の友達だというこの人と、 亜希と亜希の彼氏と私の4人で会って、 少しだけ話をしたのだ。 連絡先も一応交換したけど、 連絡することもなく、連絡が来ることもなく、 それきりで、 すっかり忘れていた。 「思い出しました。下野くん」 「うん。結局、あの後、連絡出来なくて。 しようと思ってたんだけど、 色々あって出来なくて。 それで……」 下野くんが話の途中で、私の背後に注目して、驚いたような顔をした。 見ると私の後ろに瑞綺くんが立っていた。 「友達……?」 と瑞綺くんが聞く。 「いや……され友達ではないけど、 友達の彼氏の友達です」 「そっか。どうかしたんですか?」 瑞綺くんが下野くんに聞く。 私もどうしたのか気になって、 下野くんの方を見た。 「いや、何も。 見つけたら、つい声をかけちゃって。 ごめんね、真奈ちゃん。 じゃあ、またね」 「はぁ、また」 そう言って下野くんは立ち去ってしまった。 何か言いかけていたようにも感じたけれど、 まぁ、いいか。 「本、買えました?」 「うん、買えたよ。 成瀬さん、ナンパされてたってこと? 大丈夫だった?」 「いや、ナンパとかじゃないと思いますよ。 本当たまたま会っただけというか。 以前に1回会っただけですし」 「そうなの!? なにそれ……?」 「親友の彼氏で、紹介されて。 親友カップルと、今の下野くんと私で 4人で一度だけ会ったんです。 親友カップルは途中で抜けて、 2人で話すことになったんですけど」 「うん」    「たぶん下野くん、 つまらなかったんじゃないかな。 私、全然可愛いことも、 楽しいことも言えなくて。 淡々と、聞かれたことに応えただけで、 話も全然弾ませられなかったし。 下野くんのテンションが、 どんどん下がっていく感じが見て取れて、 すごく申し訳ないというか。 疲れました……」 「そうだったんだ」 「はい。連絡先交換したんですけど、 連絡は来なかったですし。 好きとかじゃないですけど、 それに落ち込んでしまった自分もいて。 なんかこう、ダメなんだ私、 って思ってしまって。 あれなら家で勉強していたい。 私には当分恋愛は無理だなって痛感しました」 「そっか……。 ハッ!!」 「え、どうしたんですか?」 「もしかして、今も疲れてる? 家で勉強していたい……?」 瑞綺くんが、 下がり眉で心配そうな顔をしながら、 恐る恐る聞いてきた。 その姿がなんだか可愛くて、 思わず吹き出してしまう。 「あははっ」 「なんで笑うのー!」 「だってなんか、瑞綺くん、 女子みたいで、可愛くて。 大丈夫。楽しいです。 勉強と同じくらい」 「その発言すごいね。 俺勉強がそんなに好きとかじゃ無いから、 勉強と同じくらい楽しいって言われても 混乱するや」 「あはは」 「てかしかも、女子みたいって、言ったね。 こんなイケメン捕まえて。女子って!」 瑞綺くんが、 頬を膨らませてプンプン怒っている。 「そういうのが、可愛くて。 あはははは」 下野くんとの事を思い出して、 お腹に鉛があるような 重苦しい気持ちが出たのに、 瑞綺くんと話していたら、 いつの間にか笑っていた。 どう考えても、 彼はこの素を出していった方が 良いと思うんだけれど。 「まぁ、楽しいなら、良かったけどさ。 てかさ……」 「はい」 「なんか俺たち、恋愛学ぶっていうより、 友達として仲深めちゃってるね。 うーん、それはそれで嬉しいけど……。 これじゃ、  恋するための練習になってないのかなぁ。 難しいなぁ」 「確かに、そうかもですね。 でも……」 「うん」 「昨日、ネットで『デートととは』って 調べたんですよ。 そしたら、『2人で楽しく過ごすこと』って 書いてあるのを見つけて。 だからまぁ、 大まかに言ったらOKなんじゃ無いですか。 結局恋愛を知れなくたって、 分からなかったけどこれは違うって そういうのを知れたなら、 収穫はあると思います。 何もやらないよりいいと思いますよ」 「うん」 瑞綺くんが、目を細めて優しく微笑む。 「くくく……」 「何笑ってるんですか」 「だって。俺もね、『デートとは』って、 調べちゃったの! 俺何調べてんだろう、 恥ずいって思いながら、調べちゃって。 そしたら成瀬さんも調べてて……! 嬉しいやら、面白いやら……」 「私たち、変なんですかねぇ」 「あはははは。 たぶんちょっと変わってるよね。 でも楽しい」 「はい」 話しながら、 どうして瑞綺くんとは楽しく話せるのかが、  なんとなく見えてきた。 それは、どう見られるかに怯えなくて済むから。 私たちは初めに、 お互いの一番見られたく無い面を見せ合った。 自信が持てなくて、弱くて、 攻撃されたら立ち直れない、 隠しておきたい自分の一面。 そこを、最初に出し合って、 許し合ってしまったから、 安心していられるのだ。 素で楽しめるのだ。 それに気づいたら、 最初に弱さを見せてくれた瑞綺くんに 感謝のような気持ちが湧いた。 彼の力になれたらいいな、と思った。 初めて感じる不思議な感覚だった。 同じショッピングモールの 洋服のショップが並ぶ階で、 瑞綺くんにアドバイスをもらいながら、 一通り服を選んだ。 洋服をこんなに見るのは初めてで、 全身揃う頃には、 もうヘトヘトになってしまっていた。 「おつかれさま。休もっか。 何か食べよう」 「あ、でも、買った服、着てみても良いですか?」 「うん、もちろん! じゃあ待ってるね」 トイレの個室で、 タグを取って包んでもらった服を 出して着替えていく。 白の半袖トップスに、 濃いめのベージュのワンピース。 靴は私が履いていたスニーカーでも合うように 瑞綺くんが組んでくれた。 全て着て、鏡の前に立つ。 こんな女子な格好、初めてで、着慣れない。 制服だってスカートなのに、 今着ているワンピースの方が丈は長いのに、 なぜだろう、すごくムズムズして、 気恥ずかしい。 自分がすごく女子みたいで、それを目の当たりにすることに戸惑った。 鏡を見つめて、なんとなく、 ひとつに結いていた髪をほどいてみた。 幸い髪にゴムの痕はついていなくて、 肩までの髪がストンと顔まわりに現れた。 鏡の前の、さっきまでと全然違う自分に 戸惑うけど、 だけどその感覚を素直に感じていくと、 喜んでいるのが分かる。 私は、私の変化に喜んでいた。 また思いついて、 鞄に入っていたリップクリームを塗る。 いつも入れているけど、 たまにしか使わないリップクリーム。   だけど今は塗りたいと思った。 おめかしや、オシャレや、恋愛や、 そういう女子を楽しむイベントを いつも遠巻きに見ていた。 私なんか……と思っていた。 だけど、そう思いながらも、 少しバカにしていた。 外側ばかり飾って、中身のない。 そんな風に思っていた。 だけど違ったんだな。 女の子たちは、きっとオシャレやおめかしを 自分のためにやっていたんだ。 だってこの変化は、楽しい。 もう一度鏡を確認して、外へ出る。 瑞綺くんはなんて言うだろうか。 「お待たせ」 「わ、可愛い! いいね。 すっごく似合ってるよ!」 予想した通り、 瑞綺くんは女の子みたいにテンション高く、 可愛らしく褒めてくれた。 「ありがとう。 ちょっと戸惑ったけど、 でも可愛い格好できて、 気恥ずかしいけどでも、嬉しい」 自分一人では成し得なかった変化が嬉しくて、 素直な気持ちを伝えた。 「……」 無言になったので 瑞綺くんの方を見ると、 目が合って、 合った瞬間パッと逸らされた。 「どうしたんですか?」 「いや、別に。行こっか」 「はい」 慣れないワンピースで歩くのは 思いの外戸惑ったけど、 変わらず瑞綺くんがペースを合わせてくれたので、 慌てることはなかった。 おめかしして、男の子と歩く。 私、デートをしてるんだなと改めて実感した。
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