4.しぼんだ恋

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4.しぼんだ恋

一緒に選んでもらった服を着て ファーストフードで昼食を食べて、 その後は瑞綺くんの服を見たり、 雑貨を見たり、 そうしているうちに、あっという間に夕方になった。 駅からすぐの公園で、 テイクアウトしたカフェオレを飲みながら、 ベンチに座っていた。 「今日、おつかれさま。いろいろありがとう」 「それは、こちらこそ」 「俺、初デートだったなぁ。 今度ね、雑誌でデート企画があって、 女性のモデルさんと、撮影があるの。 ちょっとビビってたんだけど、 なんか頑張れるかも。 成瀬さん、ありがとう」 お礼を言われたのに、 何故かチクリと胸が痛む。 だけど咄嗟に、その理由が分からない。 「瑞綺くんは、なんで女子が苦手なんですか? すごくモテるし、素敵な人なのに、 なんでそんなに自信なさげな感じなのか、 不思議です」 「うーん……と。 初めて付き合った子にね、 その子のこと好きで、 付き合えて、 すごい嬉しくて。 でもその子に、 中身がダサいって言われちゃったんだよね。 でも俺、本当こんなんだからさ。 昔から女みたいだなとか言われて。 ナヨナヨしてて。 だからしょうがないんだけど。 ショックでさ。 かっこよくなりたいって思って、 高校に入ったら運良く背が伸びて モデルをやる機会に恵まれた。 だかり 中身も外見も格好良くなってやるって 意気込んでさ。 そしたらなんか、 話せなくなっちゃったんだよね。  女子と。 話すとボロが出ちゃうから。 でも皆外見を見て、 どんどん俺に理想を持って。 でも実際の俺は理想とは全然違くて。 どう振舞ったらいいか分からなくてさ。 避けているうちに、 苦手になっちゃったんだ」 「そう、だったんですね」 「うん」 「でも、今日めっちゃ楽しかった。 成瀬さんとは、すごく話しやすいっていうか。 女子だ……とか、そういうのを超えて、 素でいられて。 いつも、こんな風にいられたらなって思うよ。 今度の撮影も、 成瀬さんといる時のこと思い出して、 やってみようかな」 瑞綺くんの過去の話や 彼が私にお礼を言うのを聞くたびに、 胸がチクリチクリと痛む。 苦しくなってきた。 「お役に立てたなら、良かったです。 私、もうそろそろ帰ろうかな」 これ以上お礼を言われたら堪らないという 気持ちになってきて、 帰ろうとベンチを立った。 「あ、待って」 手を掴まれて、ドキッとする。 「わ、掴んで、ごめん。 もうちょっとだけ、ダメかな?」 「はい」 もう一度ベンチに座ると、 瑞綺くんが肩からかけていた鞄から 何か取り出してきた。 「これ、プレゼント」 そう言って、リボンのついた、 小さな紙の袋を渡された。 「これは?」 「見てみて」 中を開けて見ると、 さっき雑貨屋さんで私が見ていた ネックレスが入っていた。 「これ……」 「さっき見てたの、可愛いなって思って。 プレゼントしたくなっちゃって。 今日、すごく楽しかったから」 「お礼、ですか?」 「え、まぁ、うん。そんな感じかな」 嬉しい。だけど、 やっぱり胸がチクリとして複雑な気持ちになった。 ゴールドのチェーンに 同じくゴールドの小さな月のチャームが ついていて、 そこに、ダイヤモンドに似せた 白いキラキラが、一粒光っている。 雑貨屋で一目見た時、 可愛いなと惹かれた。 でも、 アクセサリーなんてつけていくところが 無いしな。 勿体無いよなって思って、 買うのを辞めたのだった。 瑞綺くんにも伝えていない、 数分の迷いだったのに、 見ていてくれて、プレゼントしてくれた。 すごく、嬉しい。 だけど、これに特別な意味なんてなくて、 デートの練習の、お礼なんだ。 仕事のために、恋を知るための、 いつかする恋のための、これは練習。 瑞綺くんの口から仕事の話を聞いてから、 そしてお礼を言われてから、 チクリチクリと胸が痛むのは、 このせいだったんだ。 手の中でチラチラと輝くネックレスを見て、 自分の気持ちが分かってしまった。 練習のお礼なのが、嫌なんだ。 「え、これ、 別に欲しいやつじゃなかったかな? ごめん俺、間違えたー!?」 私の表情が曇っていくのを見た瑞綺くんが、 テンパって青くなっている。 私はすぐに首を振った。 「違う……!逆です。これですよ。 これ、見てました、可愛いなって。 欲しいやつでした。 だから、びっくりして。 嬉しいです」 「え、そうなの? これ嬉しい?」 「はい」 「そっか。そらなら、良かった。 ね、貸して? つけてあげる。 つけてみていい?」 「え、あ、はい」 瑞綺くんは立ち上がって、私の後ろに回って、 ゆっくりとネックレスを首につけて、 後ろで金具を留め出した。 彼の手が、髪や首に触れる。 その距離の高さに、 心臓が止まりそうなほど緊張した。 最初の頃は、顔を合わせる度に その美しさに緊張して、ドキドキした。 あの圧倒的な美しさが苦手だった。 だけど今感じているドキドキは、 それとは少し違う。 触れた場所から甘く熱が広がる。 近づいた距離が、 落ちつかないのに嫌じゃない。 抑えられないドキドキと高揚感に、 さっきまで自然に振る舞っていたのが 嘘みたいに、 どうすれば良いのか 分からなくなってしまった。 「できた!どう?……って、 見えないね。 鏡持ってる?」 「あ、持ってません」 「そっか。俺もないや。 あ、そうだ、写真撮ろう」 そう言うと瑞綺くんはスマホを取り出して、 インカメラにして手に持つと、 私の隣に座ってきた。 「え、一緒にとるんですか?」 「え、うん。一応デートだし、 一緒に撮ってみたいな。ダメかな?」 「いや、良いですけど……」 「じゃあいくね」 そう言うと、 右手を伸ばしてカメラをこちらに向け、 カメラフレームにニ人入るように、 私の方に寄ってきた。 また距離が近づいて、 今度は肩と肩が触れ合う。 「あ、目つぶっちゃダメだよ。 カメラ見て、笑って」 心臓のバクバクで咄嗟に 目をつぶってしまった私を、 そんなことには気づいていない瑞綺くんが、 優しく注意した。 「見て、どう?  可愛いよね。ネックレスも似合ってる」 瑞綺くんが、 撮った写真を嬉しそうに見せてくれた。 「これ、成瀬さんにも送るね」 「ありがとうございます」 写真のには、 緊張で顔がこわばった私と その隣で綺麗な笑顔の瑞綺くんが写っていた。 本物のカップルには、とても見えないな。 そりゃそうだ。 これは練習で、元々本物では無いのだから。 当たり前のことを思い出して、 なのに少し沈んでいく自分に言い聞かせる。 元々これは、 お互いに自分のために、始めたことだ。 今更何を落ち込んでいるんだろう。 私だって、彼と接することで、 男の人や、恋愛というものを知ろうとした。 そして、今日のデートで 自分にもいろんな発見があった。 うん、それで十分だ。 今日は楽しかった。 「瑞綺くん」 「ん?」 「今日、ありがとうございました。 私も、初デートだったんですけど。 すごく楽しかったです。 あのね、一緒に選んでもらった服、着た時、 すごく嬉しくなった。 おシャレしたりおめかししたりって、 自分には無縁だし、 見た目を着飾るなんて 意味のないことだって思ってたけど、 そんなことなかった。 見たことない自分を知れて、嬉しくて。 だから、ありがとうございました。 瑞綺くん、自分はダメだって言うけど、 私はそれ、分からない。 そのままでもきっと、 これまで通り好かれると思います。 仕事でも、きっと上手くいきますよ。 瑞綺くんは、美しくて、優しくて、可愛くて、 あとすごく、格好良い人だと思いますよ」 距離が近いことでのドキドキも、 練習でしかないことへ沈む謎の気持ちも、 どちらもまだあったけれど、 今日感じた一番の気持ちを認めて降参したら、 瑞綺くんへの感謝の気持ちが たくさん出てきて、 つい長々と語ってしまった。 偉そうに話してしまったかもしれないと、 後から気まずさが湧いてきて、 無言の瑞綺くんの方を見ようと、 後ろを向いた。 その時、 突然抱きしめられた。 長い腕が、両側から私を包む。 その力が少し強くて、 状況と彼の意図が飲み込めなくて混乱する。 私はされるがままで、 脈打って鳴り響く自分の心臓の動く速さに 戸惑いながら硬直していた。 包む両腕にまた優しく力が入り、 もう一度ぎゅっとされる。 私の心臓の響きに合わせるみたいに、 瑞綺くんの鼓動が伝わってきた。 その動きも速くて、 彼の緊張まで伝わってくる。 たくさんの感覚に揉みくちゃにされながら、 緊張の中必死に意識を保っていると、 瑞綺くんが腕の力を緩めて、 二人の間に少し距離が空いた。 と、次の瞬間、 唇が口に押し当てられて、 瑞綺くん鼻先が私の頬につくほどに 彼の顔が近くにあった。 キスを、していた。 それに気づいた瞬間、 全ての感覚が遮断されて 私は彼を突き飛ばしていた。 「ひどい……!」 心のままに言葉を投げると、 目に涙が浮かんで、次々にこぼれ落ちてきた。 それらを手で拭いながら、 何か言いたいけど、 何を言えばいいか分からなくて、 後ろを向いて、 駅に向かって駆け出した。 「あ、待って! 成瀬さん……!」 瑞綺くんが呼び止める声が聞こえたけど、 彼の表情を見る勇気もなくて、 どうか追いかけてきませんようにと 祈りながら、 出来るだけ速く走った。 彼は追いかけてこなくて、 私は、涙を拭いて電車に乗って帰宅した。  
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