【一也視点】8.逃げようとしたが、金子に掴まった。

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【一也視点】8.逃げようとしたが、金子に掴まった。

仕事が終わって俺は金子を休養室へ迎えに行き一緒に会社を出た。 「先輩、ご心配おかけしてすみませんでした。それじゃあこれで失礼します」 「待てよ。こんな状態で1人で帰せないだろ。家までタクシーで送るから」 「いえ……大丈夫です」 「大丈夫じゃねえ。ほら、乗るぞ」 俺は青白い顔をした金子の腕を引いて大きな通りまで出ると勝手にタクシーをつかまえて乗り込んだ。 ◇◇◇ 初めて見る金子の部屋は綺麗に片付いていた。そこかしこに小物や観葉植物が飾られた温かみのあるインテリアで、殺風景だった志信のアパートとは正反対だ。 「じゃあ俺は帰るよ。着替えたらすぐ寝るんだぞ」 「ーーー先輩、お茶くらい飲んでいって下さい」 そんなつもりはなかったが、引き止められて結局俺は金子の淹れた紅茶を一緒に飲むことになった。 金子が紅茶の黒い缶を開けた瞬間キッチンからいい香りがした。 「甘い匂いするなその紅茶」 「いい香りですよね。僕、これが好きなんです」 飲んでみると苦味はなく、まろやかな口当たりの美味しい紅茶だった。 「昔……叔父にこの紅茶が僕の香りに似てるって言われました」 「へぇ」 ベータの俺にはオメガの金子の匂いはよくわからない。ヒートの時なら少し香るだろうか。 ん?つまり叔父さんはアルファなのか。 紅茶を飲んで少し頬に赤みの戻ってきた金子の横顔を見つめる。ようやく気持ちが落ち着いたようで安心した。 「ーーー先輩、今日は助けてくれてありがとうございました」 「島本のこと、セクハラで会社に報告するか?一緒に働くの無理だよな」 「それはやめてください。僕の方が異動の希望を出そうと思います」 「え?」 「これ以上先輩に迷惑掛けたくないんです」 金子はうつむいた。 俺のせいで、いつも明るくて楽しそうだった金子がこんなに元気を無くしてしまった。 俺が島本の言ったことをもっとよく考えていれば。あの日金子が俺のことを見た時感じた違和感をちゃんと追求しておけば…… 「金子すまない。俺が悪かった」 「何言ってるんですか?先輩は悪くないでしょう」 「ちがう。俺がお前と距離を置こうとしたせいで島本につけ入る隙を与えちまったんだ」 金子は納得がいかないという顔をした。 「そうじゃないです。島本さんですよ、悪いのは」 俺は首を横に振った。 「ちがうんだ。俺がそもそもお前に近づきすぎたのが間違いだった。俺は失恋を引きずってお前に志信を重ねてた。しかもホテルにまで連れ込んで酷いことした」 「だから、あれは僕がしてって言ったんです」 「ちがうんだ。俺がお前の気持ちを利用してセックスしたんだよ。失恋したって騒いでお前の同情を引いてまでな」 金子はハッとした顔をした後ちょっと考える仕草をした。そして急に目を輝かせて言う。 「そうまでして僕とエッチしたかったってことですか?」 「は?」 「じゃあ先輩、僕のことが好きなんじゃないんですか」 「え?いや、それは……」 たぶん好きだ。だけど今そういう話をしようとしてるんじゃない。金子はブツブツ言い始めた。 「そうか、先輩僕のこと好きだったんだ……え?嬉しい。そっか、そうだったんだ!」 両手を胸の前で組んで虚空を見つめている金子に俺は話しかける。 「あのな、金子?聞いてくれ。たしかに俺はお前のこと好きになりかけてたって思うけどそういうことじゃなくて俺はお前のことを利用してしまったことを謝りたくてだな」 「え?そんなのもうどうでもいいですよ。むしろ僕が傷心の先輩に付け入ったんですから。僕の方こそ、アラサーオメガの処女なんて貰ってもらっちゃって悪いな、重いよなって思っていたんです。だけど先輩、両想いなら問題なしですね!さあ、僕たち付き合いましょう」 金子は両手を広げて見せた。 な……何を言ってるんだ? こいつの行動力がたまに斜め上なことを忘れかけてたけど、そういえばこういう奴だった…… 「金子よく聞け。お前はオメガだろ。オメガはアルファの男に幸せにしてもらうのが一番なんだよ」 俺は小学校のときからの持論を述べた。実際、ベータの俺が長らく片想いしていた志信はアルファにかっさらわれたんだから実証済みの理論だ。 俺の発言を聞いて金子は目を吊り上げた。 「なんですかそれ?オメガはアルファとじゃなきゃ幸せになれないって言うんですか?バカにしないでくださいよ。もう僕は運命のつがいに死なれた可哀想なオメガとして生きていくのなんて嫌なんです。アルファなんかに頼らなくったって僕の幸せは自分で掴みます!」 「いや、バカにしたつもりは……え?死なれた?」 金子のつがいは亡くなっていたのか。しかも運命のつがいだって? 「もう、先輩ぐちぐち言ってないで覚悟決めてくださいよ。いつまで恋愛から逃げ回るんですか?志信さんがアルファに横取りされたからって拗ねるのもいい加減にしてください。僕のこと好きなんでしょう?じゃあ問題ないじゃないですか」 「しかし……」 「もう!僕が絶対絶対先輩のこと幸せにしますから。とにかく僕と結婚するって言ってください」 「え!?お前が……俺を幸せにするだって?」 しかも結婚?!話が飛躍しすぎていて俺は目が回りそうだった。 「この前は志信さんの代わりでも良いって言ったけど撤回します。今度から僕を先輩の一番にしてください」 「金子……」 「そうやってうじうじして、情けない先輩も好きですよ。それに僕は志信さんと違ってどこにも行かないって約束します。だって僕にはもう運命のつがいが現れる事もないんだから。アルファとかベータとかどうでもいいじゃないですか。ただ先輩のことが好きなんです」 「……」 俺はなんと答えていいのか迷った。 「ここまで言ってもダメなら諦めます。でも、僕本当に先輩のことが好きなんです」 俺はいい人ぶって先輩面して……それでいて酔って抱くなんて曖昧な態度を取ったせいでこいつを追い詰めていたんだ。それでいて肝心なときには逃げてこいつから目を背けていた。 今までも志信を好きだって思いながらずっと隣でいいヤツぶって、ヒートの時セックスの相手していたのも本当は親切心なんかじゃない。下心ありだった。でも本心を打ち明けて嫌われてあいつの近くにいられなくなるのが怖かった。ずっと自分の気持ちから逃げ続けてたんだ。 こいつはそれをわかってて、それでもこんなずるい俺を好きだって言ってくれるのか。 「ごめん……俺の負けだよ。俺も……お前が好きだ」 「やった!」 金子はパッと顔をほころばせた。 「でも本当に俺で良いのか?」 「絶対幸せにするって言ったじゃないですか。幸せになる覚悟決めてくれさえすればいいです!」 「はは。お前ごときに俺を幸せにできるっつーのかよ?」 「します!」 金子が俺に飛びついて来た。それをしっかり抱きとめる。 「ごめん、ここまで言わせるなんて情けなすぎだよな。ありがとう金子」 「直央です、一也さん」 「ありがとう直央」 片手で包み込めそうなくらい小さな顔に手を添えて、俺は直央の小さな唇にキスをした。 この甘い花のような香り……さっき飲んだ紅茶の香りなのか。もしくはこれが直央の香りなんだろうか……?
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