2人が本棚に入れています
本棚に追加
「鈴夏ちゃん、はやく僕のこと見つけてください」
「毎回言ってるけどかくれんぼの最中にそんな電話かけてこないで、先生」
周囲に人がいないことをさりげなく確認し、私はスマホの画面を耳に当て、そう言葉を返した。
意図せず呆れたような声になってしまう。
西に傾いた日が足元に影を伸ばしていて、ヒグラシの鳴く声が人気のない廊下にまで響いていた。
「だって、四階のどこかに隠れてるって言ってるのに全然見つけてくれないじゃないですか。かれこれ三十分経ってますよ。ちょっと待ちくたびれてきました、さすがの僕も」
「……そんなに拗ねるくらいならヒントをくれないかしら」
「たとえるなら【すぐ死ねる場所】です」
「不穏ね」
でも、そこまで言われたらすぐに察しがついた。
学校の中ですぐ死ねる場所っていったらあそこくらいなものだから。
確信を得た私は通話を切る。
廊下を端まで進み、屋上につながる古びたガラスの扉を開けた。
むわりとした外気が、セーラー服の半袖から晒した腕に絡みつく。
そこではシャツの上から白衣を羽織った先生が、転落防止のフェンスに背を預けて佇んでいた。
手に持ったiPhoneの画面に視線を落としている。
一見、裸眼に見えるのだけど、その瞳にコンタクトレンズが嵌っていることを私だけが知っている。
瞬きするたびに長いまつげが眼鏡に触れて鬱陶しい、という理由でずっとコンタクトなのだそう。
容姿が整っているため、悪く言えば先生は校内のどこにいても周りから少し浮いて見え、良く言えば校内のどこにいてもモデルのごとくサマになっていた。
「やっと見つけたわ」
声をかけると、気づいた先生が軽く手を振ってくる。
額がちょっと汗ばんでいた。
「鈴夏ちゃん、ほんと見つけるの下手ですね」
「これでも毎回一生懸命なのよ。こんな暑いところにずっと隠れていたの? 保健医が熱中症で倒れたら笑えないわ」
隠れ場所くらい選んでほしいものだ。
私はいつも先生を見つけるのに時間がかかるんだから。
「でも、ここ景色いいんですよ。うちの学校のなかでは一番好きです」
先生が背後を振り返ったので、つられて私もフェンスの向こうに視線を遣る。
私がいた東京よりは階層の低いビルや建物で構成された小さな街。それでも視界いっぱいに広がって見える景色は、眺めが良い。
なんとなく下を見れば、コンクリートの地面やテニスコートが遠く、下校していく生徒の人影は豆粒程度の大きさだった。
すぐ死ねる場所、という不遜な先生の比喩は的を射ていると感じる。
「……死ぬってどんな感じかしら」
特に意味もなく何となく、つぶやいてしまった。
「きっと強い苦しみを伴いますよ。そして好きな人に二度と会えないし、喋れない。……そういう感じだと思います」
先生は、フェンスに華奢な手を掛け、凪いだ目で向こう側を見ていた。
「鈴夏ちゃんは長生きしてくださいね」
「こっちのセリフよ」
辛辣な一言を受けた先生は、気にするそぶりもなく、「ジムにでも通いましょうかねぇ」と呑気に伸びをする。
最初のコメントを投稿しよう!