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以降、私はずっと学校を休んだ。
先生のいない学校なんて行く気がしなかった。
そんななか、前に告白してきたクラスメイトが自宅のマンションまでやってきた。
気乗りはしなかったけど言ってやりたいことがあったので、四肢を引きずるようにして玄関へ出る。
プリントの束を持った彼は面食らった様子だった。
ぼさぼさの髪に、数日は洗濯していない部屋着を着て、生気のない目をした私が、玄関脇の姿見に映っている。
「先生のスマホを盗ったのはあなたよね?」
すぐさま糾弾してやった。
私に好意を寄せていたということ、保健室に忍び込んでいたときの様子、告白をする前に先生のことを訊いてきたのも。
きっと、私への想いで頭がいっぱいだった彼にだからこそ、あそこまで深い疑いを持てたのだ。
彼は、黙って顎を引いて頷いた。
「ワンチャン、ロックかかってなければ中見れるかなって。谷村先生に手出されてたりしてたらどうしようって思って……」
あの日は部活中に肘を擦りむいて、保健室に絆創膏をもらいに行ったのだという。
そして、デスクに無防備に放置してあった先生の仕事用のスマホを見つけてしまった。
想い人と保健医の関係に疑念を持っていた彼は、真実を確かめたくて出来心でそれを手に取ってしまった。
しかし私と先生が戻ってきたため、驚いて、思わずスマホを持ち出して逃げたらしい。
結局、開錠方法がパスコードではなく指紋認証だったため、本人以外は中を見ることはできなかった。
先生に盗んだことがバレて糾弾される事態を避けたかった彼は、スマホを【落とし物】として担任の教師に届けた。
先生も、怪しいとは思っていたに違いない。
けど、持ち主の指紋認証でしか開かないスマホを盗んで何に使うかなんて思いつけなかったから、疑いきれなかったのかもしれない。
浮かない顔の私に彼は続ける。
「俺、ガチで立花さんが好きだったから。皆に知られたくなかったのかもしれないけど、結果的に谷村先生とは離れられたんだし元気出してよ」
学校では噂に尾ひれがつき、私が先生に乱暴されていたということにでもなっているのだろうか。
見事に嘘の事実を信じ切っている彼は、とても悲しげな瞳をしていた。
「……本当のことなんか何も知らないのね」
憐れみを落とし込んで言うと、不可解そうに目の前の彼の眉根は歪んだ。
「知ってるよ?」
「ちがうわ。その話は嘘なの」
「どういうこと? 谷村先生本人が『自分が一方的に手を出した』って言ったんじゃないの? 保護者への説明会で校長がそう言ってたってうちの母さんが」
彼は、少しだけ薄気味の悪いものを見るような眼差しを私へと注いでいた。嘘をついている気配は感じられない。
………もしかして先生は、私を守った?
……私のことが大事だったから?
そして、担任はその供述を嘘だと勘づいていながら都合よく乗っかることにした?
ぐんにゃりと口の端が歪む。
「ふ、はは、あはは……」
かさついた唇の間から、乾いた笑い声を発していた。
一周まわって笑えた。
ひざから力が抜けて、床にへたりこむ。
力なく笑い出した私を、彼は凝視していた。
以前、告白をしてきた人間と同一人物とは思えないほどに引いた目をしていた。
もう、涙すらでなかった。
彼がこれ以降、家を訪ねて来ることはなかった。
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