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先生から告白を受けたのは、今から半年前。私がまだ高校一年だった冬のことだった。
忘れもしない。あの日は豪雪だった。
この吹雪が止んだら帰ろう、いま駅に向かったところで電車も遅延しているだろうし。
悪天候の窓の外を見てそう考えた私は、教室に一人残り、文庫本を読んで雨やどりならぬ雪やどりをしていた。
皆は親に迎えに来てもらっていたけど、一人暮らしの身では親を召喚することも出来ない。
「私も一緒に乗せていって」なんて気軽に頼めるような友人も生憎いない。しばらく待てば雪も止むだろう、と文庫本のページをめくり続けた。
……しかし。
完全下校時刻が迫り、日が落ちて外が暗くなっても、猛吹雪が収まる気配はなかった。
それどころか吹雪の勢いは増していて、時折窓がガタガタと音を立てた。
東北地方ではここまで自然が猛威を振るっているなんて……。
関東出身の私には、知る由もなかった。
嫌な予感がして、スマホのサイトで確認をすると、電車は軒並み「運休」という表示が出ていた。
さっさと下校しなかったことを悔いた、その時だった。
「立花鈴夏ちゃん、僕と付き合いませんか」
突如としてかけられたその言葉は、ほぼ落雷のようなものだった。
唐突にやって来て、あまりに大きな衝撃で私を打った言葉だ。
驚いて、後方のドアを振り向くと、真っ暗な廊下をバックに涼しい表情をした先生が立っていた。
コートを着てネイビーのマフラーに顎をうずめていた。
少し前まで外にいたのか黒髪には微かに雪が積もっている。
たまに校内で見かける時と違って、白衣姿じゃなかったから一瞬誰だかわからなかった。
「……あの、今なんて?」
思わず彼を凝視して尋ねた。
いつも不愛想で無口で陰気な彼が、そんな台詞を自分に向かって口にしたことが信じがたい。
そしてさらに言えば私は、この時まで先生とろくに喋ったことさえなかったのだ。
「つきあいませんか、と」
生生は表情を崩さずに言った。
「なぜ……?」
「え、鈴夏ちゃんが好きだからです。今なら周りに誰もいないから他人に聞かれる心配がないな、と思って告白しました」
「えぇ……? ちょっと待って……」
「ちなみに雪まみれなのは雪かきしてたからです。若いからってほかの先生方からパシられてるんですよ、僕。ひどいと思いません?」
「……雪まみれなのも気になるけど、私のどこが好きなのかについても訊きたいのだけど。……というか、今日はよく喋るのね」
先生は「本性はこっちですけど。でも、異常気象の日は特にテンションが上がりますよね」と笑みを寄せる。
レアなものを見たと思った。
けれど、笑顔だけならまだしも告白までされたとなると、「珍しい」を通り越して「異常」なのかもしれなかった。
何にしろ雪のせいで帰れない私はテンションなんか上がらないので、彼の言葉に同調はしない。
「で、どうします? つきあってみます?」
「……悪いけれど告白はお断りするわ。よく知らない男性に声を掛けられても相手にするな、と東京のおばあ様が昔から言っていたもの」
「でも僕と付き合ったら楽しいですよ」
「それは、つきあってから私が判断することだと思うのだけど。だいたいあなたと付き合って私の何のメリットがあるの?」
食い下がられたのが面倒で、つい訊き方に棘が含まれる。
先生は「そうですね……」と手袋を被せた指で顎を押さえ、少し悩むふりをしてから薄い唇を開いた。
「僕は大人で普免持ってるので鈴夏ちゃんを車に乗せてあげられる、こととかですかね」
「……つまり、家まで送ってやるからその代わりに付き合えと?」
「察しが良くって助かります」
思わず口元をひくつかせてしまった。
こちらが断れないことを知っていて、このタイミングで声をかけてきたのだ。
いくら何でも策士が過ぎる。
私とは対照的に、先生は微笑み続けていた。
「どうします?」
…………いつ降りやむか分からない雪を待つのも、いい加減つかれていたそのときの私は、渋々、本当に渋々交際を了承せざるを得なかった。
先生の「やったぁ。言ってみるもんですね」という軽い喜びの言葉に一抹の不安を覚えたことは言うまでもない。
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