のべつまくなし隠恋慕

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「……私のどこが好きなの?」 帰りの車の中、学校をでて一番最初の信号が赤になって停まった時、私は改めて先生に尋ねた。 十八時をまわった一月の空は、すでに真っ暗で、フロントガラスに(すさ)まじい勢いで降りつもる雪を、ワイパーがこそげ落としている。 向こうから走ってきたミニバンのヘッドライトが、一瞬だけ私と先生を照らす。 彼は体を半分横に向けて、助手席の私へ薄笑みを見せていた。 「好きなところですか? そうですね、『美人』、『所作がきれい』、『体が丈夫なのも養護教諭として惹かれる』……」 「そんな細かく挙げなくていいわ、一番はコレっていうのを教えてちょうだい」 「えぇー、全部一番だし本心なんですけどー」 この人、顔は二枚目なのに性格は三枚目なのかしら。 綺麗な顔で口を尖らせる先生を見てぼんやりと思った。 「御託(ごたく)はいいのよ」 「あ、そういうとこ好きです」 先生が人差し指で私を()す。きれいな竹爪が妙に印象に残った。 「鈴夏ちゃんって、いい塩梅(あんばい)で冷たいんですよ。特に人間関係が冷めてるっていうか、誰ともつるまないし。陰の気があるというか、そういうとこが僕と似てるなと思って」 「……じゃあつまり、近似(シンパシー)を感じたから、『似た者同士、交際しよう』ってこと?」 「いえ、『なんかあの子いつも一人でいるなー、仲間外れにされてんのかなー、あれ? よく見たら顔面偏差値えっぐ。え、可愛い普通に好き』……みたいな感じで。気がついたら目で追うようになってまして」 「うそでしょ、顔だけで好きになったの?」 「面食いなもんで」 そんな軽い気持ちで告白してきたの……? 本気にして損した……と、ほっとしたような、肩を落としたいような複雑な気持ちになったとき、先生はもう一度口を開いた。 「まあ気になったきっかけは整った容姿でしたけど、でも顔だけしか好きな部分がないわけじゃないですよ」 「え?」 「さっきも言った通り、一人で凛としてる鈴夏ちゃんがすごくきれいで好きです。女の子って群れたがるでしょ。でも鈴夏ちゃんは自我(じが)を持ってて、いつだってツンと澄ましてて。そういうのって、強くてかっこいいじゃないですか」 あますところなく熱を(はら)んだ言葉に、不覚にもときめいてしまった。 黙った私に気づいて、照れていることを察した先生がさらに続ける。 「鈴夏ちゃんの好きな部分ほかにもありますよ? 日直が黒板消し忘れてるときにサッと気づいて無言で消してあげるとことか、気遣いがほんと神だなって思いますし、それから、授業受けてるとき聞いてるふりしてぼんやりしてるときとか『あ、優等生っぽい印象だったけどわりと適度(てきど)に手抜くんだ』って思うとなんか親近感わきますし、あと……」 「……ほんと普段の先生からは想像もつかないくらい饒舌(じょうぜつ)ね。どうして、いつも学校では無愛想なフリをしてるの?」 「誰彼かまわず四六時中、愛想振り()いてるとモテすぎて疲れるということを、イケメン歴二十六年の僕は学んだのです。だからニコニコするのは本命の子にだけ――」 刹那(せつな)、後ろの車に短くクラクションを鳴らされて、二人で肩を揺らす。 前を見ると信号が青になっていた。 *   無事に自宅まで送り届けてもらった。 「僕より良いマンション住んでんじゃないですか、このこのー」、「ウザいわ先生」、「何階ですか? 何号室ですか?」、「部屋を特定しようとしてるのかしら?」とかいうようなやり取りがあったことをぼんやりと覚えている。 私が車から降りると、先生は別れぎわ、「じゃあ、おやすみなさい。また明日」と笑って言った。 胸がほんのりと温かくなる心地がしたのが、自分でよくわかった。 だって、また明日、と言ってくれるような仲のいい友人は高校に入ってから一人もいなかった。 私は、去った先生の車が角を曲がって見えなくなるまで見送ってしまった。 そして、この話には後日談がある。 その翌日、空は昨夜の猛吹雪が嫌味なくらい晴れ渡っていた。 昼休み、窓際の席で陽を浴びつつ、いつもより少しだけ早く自作の弁当を食べ終えた私は、一階にある保健室を目指して階段を降りた。 もちろんどこも具合は悪くなかった。 ただ、先生の言った「また明日」が頭から離れなかった。 我ながら、単純が過ぎると思う。 でも、私はずっと友達もいなくて一人ぐらしで……自分でも気づかないうちに寂しさをつのらせていたのだろう。 そして、それから、週に一度は先生の元へ行くようになり、だんだん頻度が増えていき……。 気がつけばほぼ毎日通うようになっていた。 よく保健室へ行くようになったせいで、皆の間で私はすっかり病弱なイメージが定着してしまったけれど、先生のそばは居心地がよかった。 私といるときの先生は明るく、よくしゃべり、表情の変化もレパートリーに富んでいて見ていて楽しかった。 そうして時間と空間を共有しているうちに、信じられないことに私は先生に恋心をいだくようになっていた。 前の私に言ったら、恐らくいい顔はされないだろうけど、理由を伝えれば納得してくれる気がする。 優しいし、私の前では基本的に愛想がいいし、一緒に居て飽きない。 そんな人から正面切って好意を向けられ続けていると、自然と(こた)えたくなってしまったのである。 膨らんだ恋心を自覚してからは、昼休みだけでなく、放課後も保健室に通った。 一日のうち少しでも多く、会う機会をつくりたかった。 そんなふうに言うと、私が一方的に片思いをこじらせているようだけど、私たちはあの雪の日から、ずっと交際関係にある。 だって、車に乗せてもらう代わりに、私は彼の告白を受け入れたのだから。 けれど、付き合っているとはいえ、先生は半年以上たっても私に一切手を出すそぶりを見せない。 これだけ一緒に居て私の好意が伝わっていないわけがないのに……。 ひょっとしたら、先生はプラトニックな交際を望んでいるのかもしれない、と最近の私はそう考えている。
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