のべつまくなし隠恋慕

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校内かくれんぼも終えた私たちは、屋上から保健室へ戻るべくゆっくり階段を降りていた。 「いやー今日も鈴夏ちゃんと遊べて楽しかったですね。明日もやりましょうね」 「でも先生、こうして一緒に並んで歩いていたら、わざわざかくれんぼでカムフラージュをした意味がない気がするのだけど」 私たちは純粋な遊びとして日々、かくれんぼをしているわけではない。 先日、私は担任の女性教師に「頻繁(ひんぱん)に保健室に行っているようだけど、どこか具合が悪いの?」と深刻めいた表情で心配されてしまったのだ。 大丈夫です、と言ってその場はおさめたが、もしかしたら担任以外にもそろそろ(いぶか)しく思う人は出てくるかもしれない。 それで万が一、私と先生の関係が露見(ろけん)でもしたらそれこそ大変だ。 急に目が覚めたような心地になって、どうにかして保健室に行かず、先生と二人きりにならず、なおかつ一緒に遊べる方法はないかと二人で考えた結果、先生が提案してくれたのが校内かくれんぼだった、というわけである。 「細かいことはいいじゃないですか。保健室でずっと二人きりでいるわけじゃあるまいし、校内を連れだって歩くくらい全然変じゃないですよ」 先生が先刻の私の言葉に、笑って言った。 そっちがそう言うのならいいのかしら。 私も先生と一緒にいられるのは嬉しい。 口に出したことはないけれど。 やがて最後の一段を降りて、廊下を進み、保健室の扉を先生が開ける。 すると、そこには一人の男子生徒がいた。彼は驚いた様子で肩を震わせ、こちらを振り向く。 その健康的に焼けた肌と泣きぼくろには見覚えがあった。 たしか私と同じクラスだったはずだ。 クラスメイトとは話が合わないし、親しい友人もいない私は名前さえ思い出せない。 彼はバスケ部なのか、背番号のついたブルーのビブスを着ていた。 「何か用ですか」 先生が中に入って不愛想に声を掛ける。 私以外の人の前では基本的にはこんな感じだ。 「い、いえ、何でもないです!」 彼はどうしてだかサッと青ざめ、逃げるような慌ただしさで退室していってしまった。 シューズの底がリノリウムの床に擦れる、甲高い音を何度か響かせながら。 「……鈴夏ちゃん、財布の中身減ってないか確認したほうがいいですよ」 「まるで生徒を信用していないのね」 彼が去った体育館の方角を眺めながら言った先生に思わずツッコんでしまう。 私の前ではわりとよく笑うし冗談も言うくせに、このほかの生徒への冷淡ぶりといったら。 職員室にも滅多に行かないみたいだし、先生は私以外の人間には好かれようとしていないんじゃないかと思う。 美形なのに生徒人気が高くないのも不愛想なせい。 まあ、人気があっても困るのだけど。 でも、(はかな)げで(かげ)のある雰囲気がイイとか言う奇特(きとく)な隠れファンくらいはいるのかもしれない。嫌だ。 「というか冷房つけてあるんだから、閉めていってほしかったんですけど」 ドアを半開きにしたまま逃げていった彼に、届くはずもない文句を(つぶや)く先生。 「私、もう帰るからそのついでに閉めていくわ。課題もやらなくちゃいけないし」 「さみしい……」 「明日もまた会えるじゃないの」 言いながらソファーに置いた学生鞄を手に取り、保健室を出ようとしたら、目の前の廊下を女子生徒と男子生徒が通り過ぎていった。 「ねえ、夏休みになったらさ、一緒に海いかない?」 「お、いいじゃん、めっちゃ楽しそう。あ、でもバイトのシフト確認しなきゃだなー」 思わず見入ってしまう。 彼らは、(もも)の横でしっかりと手をつないでいた。 骨格の違う二つの手が、互いの手の甲に五本の指を(から)めている。 手のひらがぴったりとくっついていた。 「鈴夏ちゃん?」 ふと、後ろから声を掛けられ、自分が扉の手前で棒立ちしていたことに気が付いた。 「……何でもないわ。さようなら」 「はい、また明日」 私以外には絶対見せないその微笑を見ると安心する。 だから、手がつなげなくたって、一緒に帰れなくたって、平気。 ……平気。
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