のべつまくなし隠恋慕

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「じゃーんけーん、ぽん。……あれ、勝っちゃいましたね、僕」 翌日の昼休み。 自分の出したパーと私のグーを見て先生は言った。 負けた方が鬼で勝った方が隠れる役だ。 「また私が探すのね。なんだか最近多い気がするわ」 「今日は一階のどこかに隠れているので。部屋数少ないし探しやすいでしょう」 「あら、先生が優しい」 「そうでしょう? 頑張って探してくださいね」 褒められて嬉しかったのか、優しい手が髪を撫でた。 十秒目をつむってから探すのがルールなので、手が離れ、背を向けられたのと同時にその場で(まぶた)を閉ざす。 一階にあるのは図書室、資料室、事務室……。 どこを探したらいいかしら。 「立花さん?」 八秒目まで数えたところで声をかけられて、思わず目を開けた。 昨日保健室にいた男子生徒が顔を(くも)らせて佇んでいた。 「どうしたの? 体調大丈夫?」 保健室前の廊下で目を(つむ)って突っ立っていたらそういう反応にもなるだろう。 「平気よ。ちょっと瞑想(めいそう)していただけ」 「そ、それならいいんだけど」 ぱちぱちと瞬きして彼はそう言ってきた。 それきり話題が途絶(とだ)えるかと思いきや、彼は続けて「あのさ」と口を開いた。 「立花さんって谷村(たにむら)先生とどういう関係?」 先生の名前は谷村真帆(まほろ)という。 その問いに、私が面食らわなかったわけがない。 目の前のクラスメイトはじっと真剣な二つの瞳で私を見つめていた。 何かバレているのかもしれないと思うと、首の裏に冷たい汗が浮かぶ。 それは襟の中へ滑っていった。 「……ただの先生と生徒よ」 ごまかすしかなく、嘘をついた。 続けて、こらえきれなかった私は、「どうしてそんなことを訊くの?」と彼を注視して尋ねてしまう。 「あっいや、なんかさっき親密そーに見えたから。まさか何か嫌な事されてないよなって」 視線が定まらず、どうにも落ち着きがない様子だった。 どうやら、彼は私が先生から一方的に手を出されているのではないかという的外れな心配をしているようだ。 先ほど、先生が私の頭を撫でるところでも見ていたのだろうか。 「大丈夫よ。さっきのは髪についていた糸くずをとってもらっただけだから。保健室へ行く回数が多いのも単に体調が優れないだけであって、他意はないわ」 そう返すと彼はあからさまに安堵の表情を向けてくる。 「そっ、か……。それならよかった。なんかあの先生不気味だしさ。ちょっと心配で」 不気味、と口にするとき彼の口調には不遜(ふそん)さが(にじ)んだ。 否定の言葉が二、三喉元(のどもと)までせり上がってきて、私はよっぽどそれを目の前の彼に石礫(いしつぶて)みたいにぶつけてやろうかと思った。 けど、露骨に先生を庇う発言をしたら、彼のなかには別の疑惑が芽生えてしまうのではないか。 私と先生がつきあってる、という的を射た疑惑が。 理性が働き、結局、唾液(だえき)と一緒に言葉は飲み込んでしまった。 腹の底に、何か黒く重たい感情が()まった心地がした。 「ご心配ありがとう。……そういえば、昨日はどうして保健室に?」 「えっと、それは、立花さんに用が」 彼の落ち着きのなさに拍車がかかる。 「あの俺、立花さんのこと最近気になってて」 「……えっ?」 きっと、今、私は両眉をひそめてしまっている。 彼の落ち着きがなかった原因が明らかになった。 「めっちゃ美人だし、体弱いんだったら守ってあげたいっていうか。まずLIME交換しない?」 「ごめんなさい。ありえないわ」 途中で告白を(さえぎ)らなかっただけ、私はよくやったと思う。 「私、好きな人がいるの。あなたからの告白なんて簡単に忘れてしまえるくらいのね」 眼前(がんぜん)の、名も知らぬクラスメイトの彼は、完全にぽかんとしていた。
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