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「ごめん。弘樹とは結婚できない」
そう告げた時の弘樹の顔は、きっとずっと忘れられないと思う。あれだけ人が信じられない、裏切られたくないと悩んでおきながら、結局自分も人の信頼と愛情を裏切ったのだ。「やっぱり、言わない方がよかったかなあ」とつぶやいたきり、黙り込んでしまった弘樹は、いつもより一回り小さく見えた。でも、勇磨が心の中にいるのに弘樹と結婚するのは、もっと卑劣な裏切りだと思った。
レストランを出て、勇磨に思わず電話をした。待ち合わせ場所の川沿いの公園に行くと、勇磨はベンチで座って待っていた。夜の公園は暗くて、ベンチの上の街灯と、川の向こう岸の繁華街の灯がぼんやりとあたりを照らしている。
「勇磨」
声をかけると、勇磨はふわりと優しく笑った。
「真紀。お疲れ様。大丈夫? 何かあった?」
「ゆ、勇磨。私……」
これから結婚するかもしれない勇磨に、何を言ったらいいのかわからなかった。
「あの……」
言葉に詰まっていると、勇磨がゆっくり私の手をとって、ぎゅっと握った。
「焦って言わなくていいよ。代わりに俺が言いたい事言うから、聞いてね」
私は頷いた。
「転勤はしないことにした。結婚も。付き合ってた彼女とは、お別れした。だから、これからも一緒にご飯食べたり、出かけたりしよう」
「え、なんで」
「……転勤するかもって言った時、真紀が悲しそうだったから。あと、俺がもっと真紀と一緒にいたいから」
「でも、勇磨がそこまでしなくたって」
「真紀を悲しませたくなかったんだ。昔、絶対に裏切らないって言ったよね? がっかりさせないって。その言葉を守っただけだよ」
勇磨は優しく私に笑いかけた。勇磨があの時のことを覚えてくれていたことは、何より嬉しかった。勇磨の言葉で、心が幸せで満たされていくような気がする。
「ありがとう……。あのね、私も、勇磨と一緒にいたい。他の誰でもなくて、勇磨と……」
そう告げた時の勇磨の笑顔は、何より美しくて可愛らしかったので、私はそっと彼の背中に手を回した。
きっと、相手の幸せを裏切らない、裏切りたくないと感じることと、それから生まれる安心感が、私たちの愛の証なのだ。それはなんとなく、高校の頃から、もしかしたらそのずっと前から、二人の間にあったような気がする。
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