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14. お前を壊してしまうほど
チャイムが鳴り、扉が開くと、愛想笑いの優斗がいた。
俺は、玄関に続く廊下の壁に寄りかかり、そんな彼を見下ろす。
「あ、あのっ……久しぶり」
メールのテンションとは裏腹に、俯ぎみの優斗は、やけに不安そうで落ち着かないように見えた。
「この前、ありがとうな。片霧さんの事務所案内してくれて……。友達もすっごく喜んでて、あの泣いちゃった人も……」
「いいから、あがれば」
くだらない話は聞きたくない。遮って部屋へ促せば、一瞬見えた彼の顔は泣きそうに歪んでいた。
どうしてそんな顔をするんだろう?
一瞬刺さる胸の痛みを、慌てて押し殺す。考えたって何も変わりゃしない。
薄暗くなり始めたリビングの電気をつけて、ソファに座るようすすめる。
俺は部屋へパンフレットを取りに行こうとしたが、突っ立ったまま座ろうとはしない優斗が気になった。どうしたのかと聞く前に、彼が思いつめた様子で口を開く。
「健太郎の部屋、行ってもいい?」
「…………」
『いいわけがない』と言いたいが、それすらもどうでも良くなって、俺は黙ってリビングのドアを開けた。
先に立って廊下を進み、部屋に入ると、入口で立ち尽くす優斗に机の上のパンフレットを渡す。だが、彼は受け取ろうとしなかった。
ずっとうつむいたまま、唇を強く噛んでいる。何かの感情で、はち切れそうな水風船みたいだ。
「……なんだよ。何かあるなら言ったら?」
はっとしたように、優斗が俺を見上げる。
そして、しばらくためらった後、口を開いた。
「もう、嫌になったのか?」
「……なにが?」
投げやりに聞き返すと、また優斗の顔が悲しげに曇る。
「もう、僕の事とか、どうでもよくなったのか……?」
尻つぼみのその言葉を聞いた途端、濁ってしまった感覚の底から強い感情がはじけだして来そうになって、俺は慌てて胸の辺りを押さえる。
「どうでもいいとか、え? 急になんだよ。今までと何も変わらないよ。もしかして数日連絡しなかったから言ってるの? だったら何か月も会わない事だってあっただろ? いまさらだよ」
ごまかすようにただ並べただけの言葉は、どこか白々しく響く。
「そう……だけど……片霧K透の事務所で別れる時から、健太郎おかしかったから……。急にすごくよそよそしくて、僕の事、目に入ってないみたいになっちゃって。あの……だから、もう僕にも『興味が無くなった』のかって心配になって……」
つかえながら話す優斗は、今にも泣くのを我慢しているような顔だった。
そうか……そんな事を考えていたのか。
いつか優斗にも興味を持てなくなる日が来るかもしれない、そう考える事はあった。
だけど、そうであれば、こんなに苦しんだりしない。
この状態はむしろ……。
――……そうか。
思い当たってしまった自分の心に、俺はひどくうろたえた。
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