1. かつてヒーローだった彼

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僕の通う高校は近隣随一の進学校で、勉学第一、それ以外の事は程ほどが良い。そんな暗黙の了解が根付いているつまらない男子校だった。 部活動に熱を入れる生徒も少なく、特に運動部ははっきり言って軒並み弱い。全国大会まで勝ち上がるなんて事は夢のまた夢だと、誰もが他人事に思っていた。 健太郎が入学するまでは。 健太郎が入部したバレーボール部はいきなり強くなった。もちろん団体競技なのでひとりの力では限界があるが、ラッキーな事に近くのスポーツ強豪校が体罰問題で評判を著しく落とし、同じ年、中学バレーのエリートが何人かうちの高校に流れてきた。奇跡的に文武両道なスーパーマン達がそろっていたバレーボール部は、地区予選を次々と突破しだしたのだ。 快進撃に、勉強はできても密かにスポーツに苦手意識のあったうちの生徒たちはたちまち舞い上がった。生徒だけではなく学校もバックアップを惜しまず、試合とあらば保護者までもがバスをチャーターして押しかける始末。ついにはローカルニュースにも取り上げられ、あらゆるところを巻き込んでお祭り騒ぎになった。 中でも2年生になってエースアタッカーに抜擢された健太郎の人気はすごかった。 他の部員に比べて経験の浅い健太郎が、なぜそんなにも活躍できたかといえば、何より恵まれた身体能力のおかげだったが、他にも彼には『特別』を感じさせる何かがあった。 うまく言葉にはできないけれど、試合を一目見ればわかる。あえて言うなら、彼の勝負強さは神掛かっていた。 勝負は時の運とも言うし、必ずしも強いほうが勝つとは限らない。偶然や努力ではないもので左右されることもある。 それでも健太郎は、決してどんな時でもあきらめなかった。チーム全体がもうダメかもしれないと思う場面でもひときわ通る声でメンバーを励まし続け、次の瞬間には鮮やかに流れを変えるポイントを決めてみせる。はじめから勝つことを知っていたかのように揺るがなかった。 そんなことが何回も続けば、それは偶然ではなく健太郎が引き寄せている勝利なのだと思えてくる。おのずとピンチでも健太郎が何とかしてくれるという雰囲気が出来上がる。 そして彼は難なく期待に応え続け、カリスマになっていった。 とまあ、とにかく健太郎は誰に聞いても『めちゃくちゃすごいやつ』なのだが、対して僕はといえば、比べるのもおこがましいその他大勢、モブキャラだ。 ましてや僕の所属する美術部は、現在、部員は一人。泣いても笑っても僕一人である。 来年はどうなるのか、それすら定かでない日陰の身だ。どうやら美術部があることを知らない生徒も多いのだからしょうがない。それでも僕は、気ままに自由を満喫できるこの放課後の時間をとても気に入っていた。 ーーなのにだ。 めったに来ない顧問がいるだけでも調子が狂うのに、よりによって大糸健太郎がいるなんて。 僕にとっては今、まさに、極めて異常事態なのだった。 「…………」 「…………」 放課後のオレンジがかった光の中、僕と健太郎は向かいあっていた。 ワダベンが蛍光灯をつけるパチッという音に、急に夢から(うつつ)に引き戻された気分になる。 「あー荘田よ。知っているとは思うが、元バレー部の大糸君だ」 “元”の言葉に僕はピクリと肩を揺らす。 「選択授業では美術をとっていてな、立体造形なんかが飛びぬけて上手かったから、美術部にどうかと思って誘ってみたんだよ」 「いやー健太郎。ダメ元だったけど来てくれて嬉しいわ」そう言ってワダベンは健太郎の肩を親しげに叩くが、健太郎はわずかに眉を動かすだけで、あまり乗り気でもない様子だった。 これ大丈夫なのかな? 無理矢理じゃないよな。心配になって様子をうかがっていると、すかさず健太郎が言った。 「俺、体験だけなんで。入るかどうかは決めてないっす」 ほらみろ。そっけない態度にワダベンも少したじろいでいる。 「いーの、いいの! 気楽に始めてみたらいいんだ。その……なんだな、まだ熱中できるものは見つからないかもしれないが、何かを始めてみる事が大事だからな」 取りつくろうように言うと、ワダベンは腕を組んでうなずいた。
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