1. かつてヒーローだった彼

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しかし僕は気が気ではない。 健太郎は無表情で何の反応も示さないが、それが恐ろしかった。 その話題は極力しないように学校中が避けているのに、地雷を踏んでしまってはいないだろうか? 数か月前、健太郎はバレーボール部をやめた。 やめざるを得なかった。 膝の怪我が原因でプレーが出来なくなったのだ。 それまでにも同じ場所を何度も痛めていて、しっかり休んで治していれば、やめるほどの怪我にはならなかったそうだ。しかし経験不足のバレー部では勢いづく流れを誰も止められなかった。絶対的エースの健太郎を休ませるという判断が出来なかった。 無理を続けた結果、怪我が悪化し、彼はもうバレーボールが出来なくなってしまったらしい。 僕も全て受け売りなのだが、噂は瞬く間に学校中を駆け巡った。 健太郎がいなくなった部は得点源を失い失速し、そこそこの中堅に落ち着いた。熱狂は潮が引くように去って行った。 それからは正直、健太郎の扱いに誰もが困っていたんだと思う。彼は学校中から触れてはいけない腫物のように遠巻きにされた。 スターだった男のあっという間の凋落に、誰もかける言葉が見つからなかったからだ。 僕はよく、彼がひとりで校舎の外を眺めている姿を見かけていた。健太郎自身も周囲に壁を作り、誰にも触れられないように、閉じこもっているように見えた。 だからきっとその事には触れて欲しくないに違いない。なのに、ワダベンはずかずかと……。 「はぁ、そうっすか」 僕の心配をよそに、健太郎は特別動揺した様子もなく答えた。かなり面倒くさそうな態度ではあったが。 もしかしたら、彼はもうとっくに乗り越えているのだろうか。 それとも、そう見えるように無理している? もしくはワダベンのように彼を励まそうとする大人達が次々とやってきて、もう飽き飽きしているのかもしれない。 そっと後ろから彼の姿を観察してみるが、僕の知っているのは遠くヒーローみたいに輝いていた彼だけで、今の淡々とした様子からは何も分からなかった。 あー気まずい! マジで気まずい。気まずい上に緊張する。緊張しすぎて貧血になりそう。 今現在、僕は健太郎にガン見されている。 ものすごく見られて、つぶさに観察されている。 こうなったのは、ワダベンの思いつきのせいだった。 「じゃあ早速だが、今日からな。 何してもらおうか。いつもは好きなように描いてるんだよな。今なら文化祭の準備か? 荘田(しょうだ)」 「は……はひッ」突然ふられて満足に返事もできない僕。さっきから挙動不審がすぎる。 「美術部も荘田一人で、半ば放置みたいになっていたからなぁ。申し訳なく思っていたんだよ」 うそつけ! まったくやる気なかっただろうが。 ひげをなでながら言うワダベンに心中激しく突っ込みもする。干渉してこない顧問の事は好ましく思っていたが今日からは嫌いになりそうだ。 「せっかくだから二人で出来る事をしようか。んーそうだ! 向かい合ってお互いデッサンしあうってのはどうだ?」 「はっ!?」 開いた口がふさがらない。何だって? 「いや……せんせい、それは……」 「その椅子もって来てくれ」 ワダベンの指示に、健太郎は素直に従っている。 ちょっとちょっと待て。いいのか? よく考えろ? 知らない人間同士が向かい合ってデッサンなんて、めちゃくちゃ恥ずかしくないか!? 焦っているうちに気がつけば、いつの間にか美術室にいるのはすっかり準備のできた健太郎だけだった。 「座れば?」 落ち着いた声で話しかけられ、僕は慌てて自分の画材を取りに行く。
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