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13. 決意と変化
訳がわからず腰を浮かせる俺を、館長さんも笑いながら見ている。
「K透さんに提案されたときは驚いたわ。これから私も上で見せてもらうからね。ま、彼がいいと感じるのなら心配はないと思うけど、随分な冒険だわね」
ほほ笑みながらも向けられた鋭い視線を、ケースケさんは苦笑いで受け止める。
「でも、いいじゃない! 若干十九歳の新鋭デビュー。しかもすごいイケメン! そういうのプッシュしやすいわ」
ほほほっと、館長さんは有能なビジネスマンの顔で言った。
そんな……信じられない。
「そんな……やばいっす……。だってケースケさん何も言ってくれないから、てっきりダメなんだと思って……」
「調子にのるなよ? お前の作るもの見てると下手くそでぞわぞわするわ。でも青くさくて思い出したくない頃のうっ憤みたいなが押し寄せてたまんなくなるんだよな……。まあ、今回はたまたまハマると思っただけ!」
もう一回ケースケさんに「調子にのるなよ」とにらまれたが、思いもよらない評価がまだ信じられなくて、夢の中にいるようで反応ができなかった。
「まぁた、K透さん最初から健ちゃんの事買ってたじゃない。『鶴岡さん、あいつおもしろいっすよ』とか言っちゃって。この前も東都芸大の教授に紹介するつもりが、すっぽかされて凹んでたわよね」
「えっ! いやっ。そんな事言ってませんよ!」
慌てて否定するケースケさんだが、俺には館長さんの言葉がしっかり聞こえていた。
ケースケさん……泣いてもいいですか?
そうして本当に、ぽろりと一粒が落ちてしまえば、涙は次々流れて止まらなかった。
俺は、ソファに座ったまま膝に顔をうずめて、号泣した。
大きな体を丸めて情けなく泣き続ける俺を、ケースケさんも館長さんも黙って見ていてくれる。
これまで、好きな事だけして生きてきた。
だけどどれだけ打ち込んだって、身につけたって、必ずすぐに色褪せてしまう。価値を失う。俺だけが、振り出しに戻される。
だから目の前のもの以外は見ないふりをして、不安定な飛び石の上を飛び続けていた。
それが周りの期待を裏切り、自分を追い詰めていくことに気が付いていても、怖くて向き合うことが出来なくて、あきらめ慣れてきた。
だがこの瞬間、俺はこの道でずっと生きていきたいと、はじめて強く願った。
失いたくない。
俺を、認めてくれる人に報いたい。
はじめて目の前の道が見えた気がした。やっと重い扉が開いたような。
――『大丈夫、おまえならこれから何でも出来るよ』
ふと、脳裏によみがえったのは、いつか優斗に言われた言葉だ。
本当に? 俺はこのまま進んでいけるだろうか?
俺の頭は、「もう興味ない」と、俺の意志を裏切らないだろうか?
優斗、もう三か月近く顔を見ていない。
もう俺のことなど忘れているのかもしれない。
だけど、このニュースを伝えたいのは誰よりお前だ。
スマホを握ると、ぐちゃぐちゃの顔で「ちょっと電話したい人が……」と切り出す俺に、ケースケさんは、「わかった! もう、今日はもういいから」と呆れた顔で追い払うように手を振る。
にこにこと笑いながら手を振っている館長さんにも精一杯深いお辞儀をして席を立つと、俺はためらわずに、優斗へ電話をかけた。
留守電に切り替わるかと思った電話は、意外にもすぐにつながった。
「……はい」
電話を取った彼の声は、ずいぶんと小さく余所余所しい。
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