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ああ、だけど、優斗に久しぶりに会える。
その後のバイト中も嬉しくて、調子っぱずれの鼻歌を歌いながら段ボールを解体していたら、「めずらしい」と近藤さんに笑われた。聞かれていたのか……。赤くなった顔をこする。
今度は絶対間違えない。うまくやる。
優斗の事を思えば、きゅっと絞られるように胸が痛んだ。
最近ではもう慣れた痛みだ。
痛いのに、体は軽い。風船になったみたいだ。これが『浮かれた気分』って言うのだろうな。俺はその気分を、大切に、じっと深くかみしめていた。
優斗が来ると言っていた日、予備校が終わり急いで事務所に行くと、ケースケさんに呼ばれた。見るとケースケさんは、本格的な一眼レフカメラを構えている。レフ板を持った近藤さんもいた。
「『アー写』撮るぞ!」
は? 何の事だか分からず、ぽかんと聞き返した。
「プロフィールの写真だよ。碧島のウェブサイトに載せるの、必要だろ」
「はぁ、俺のっすか?」
「他に誰がいるんだよ。ほら、壁の前に立ってみて……そう、そう」
言われるままに立ち尽くす俺を、ケースケさんは続けざまにカメラにおさめていく。
「ちょっと、コンちゃんの方見て」言われて顔を向けると、近藤さんと目が合い笑ってしまった。その間もシャッターは切られていく。
「今度は、俺をにらみつけて、そう、もっと、そう、そう、そう……よし、オッケー」
短い時間だったが、そんなに必要なのかと疑問に思うほど写真を撮られた。
いまさらながら、こんな着古したTシャツと、整えていない頭で見栄えは大丈夫なのか心配になってくる。
さっそくパソコンにつないでチェックしているケースケさんを、近藤さんが後ろから覗き込んで言った。
「これは……ちょっと、すごいですね」
「……だな。むかつくよな……」
二人は画面を見て、渋い顔をしてる。
「俺にも見せてくださいよ」と後ろから画面を覗き込むと、俳優みたいにすました顔の俺がいた。
「やー恥ずかしいっすね。でもやっぱすげえな、ケースケさん写真もいけるんすね。かっこよく撮ってもらってありがとうございます」
照れ笑いで言えば、ケースケさんに嫌な顔をされる。
「健太郎くん、絶対モデルとかやんなよ。私、友達の事務所に紹介したげるよ?」
「いやー、俺なんかイケますかね? 興味ないんですぐ嫌になっちゃいそうですけどねー」
近藤さんと和気藹々と話していたら、ぼそりと「いやなヤツ……」とつぶやく声が聞こえた。それきりケースケさんの機嫌は急降下する。
そんな時、入口のガラス戸が開く音がした。
「あの……こんにちはー……」
優斗の声だ。急いで、小走りで迎えに行く。
対応に出た矢野さんに、「あ、友達なんで」と説明した俺の足がぴたりと止まった。
や、と小さく手を振る優斗は緊張気味だ。だが一人ではなかった。
その後ろに、同じく緊張した面持ちの友達らしき人物が二人いる。
一人は、この前大学で見かけた莉子という女だ。もう一人は知らない。
なんで?
視界がきゅっと狭まる感覚がした。
友達と一緒だと言っていただろうか? いや、はっきりと覚えていないが、電話ではそんな話じゃなかったはずだ。でも、一人だとも言っていなかったか……。
「あのー、お邪魔しちゃってすいません。よろしくお願いします」
莉子が言うと、あわせて素性の知れない男もぺこりと頭を下げる。
「あ、ああ、じゃあ……そちらへ……」
動揺を隠して、とりあえずケースケさんのいるスペースへ三人を案内する。
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