145人が本棚に入れています
本棚に追加
「やった! アトリエまで見せてくれるってラッキーだね。やっぱり優斗にお願いして良かったよ」
「ううん。友達だもん。出来る事なら言って」
「あの人怖い先輩の知り合いでさぁ、頼まれて断れなかったんだ。マジで優斗、友達でよかった! マジでありがとうね、今度学食おごらせて!」
「いいって、たいしたことじゃないし」
にこりと誇らしげに笑い返す優斗の顔を呆然と見る。
――なんだ。お前が来たかったんじゃないのか……。
そうわかって、急に体の力が抜けた。
お前の為にと思って。
お前が喜ぶならと思っていたのに。
お前じゃなく、友達の為にやらされたのか。
なんだ、浮かれて損したな。
なんだ…………。
…………。
変化は劇的だった。
突然ラジオのボリュームを絞るみたいに、周りの音が聞こえなくなる。
聞こえてはいるが、何も頭に入ってこない。
見えてはいるが、意味を理解できない。
まるで非常用電源に切り替わるみたいに、最低限の機能を残して脳みそが停止してしまったようだ。
周りの反応は変わらない。外からはかろうじて普段通りに見えているようだが、俺から見える世界はがらりと変わってしまった。
思い起こしても、そこから後の事は断片的だ。
アトリエに上った後、俺の作品を見た優斗と他の二人は声を失い。それからすごい作品だと、俺をたいそう褒めていたらしい。俺の目は確かだったと、自慢げに話すケースケさんから聞いた。
予備校に通い、バイトに行き。そうして日常生活を繰り返す事は出来た。
だが、何の感情も湧いてこない。もちろん何かを造りたいと思う事なんてない。
そうして、まずいことに段々と食欲も無くなってきていた。
この状態には覚えがある。ずっと恐れてきたアレだ。
また俺は周りに関心を持てなくなってしまったのか?
だとしたら早く何かみつけなければならないのに、気がついて焦っても、体が動いてくれなかった。
底の無い、泥水の中にゆっくり体が沈んでいく。
じわじわと、俺はまた、自分が消えてしまうのではないかと、おびえる事しかできなくなっていった。
そんな時、優斗からメールが届いた。
『碧島ビエンナーレのホームページ見た! 健太郎めちゃイケメン』
「…………」
ああ、この前の写真が掲載されたのか、そういえばと机の上を見る。
昨日出来たてのパンフレットをもらったんだっけ。
確か、明日から搬入で現地に向かうのだった。泊りの準備をしなければ……。
のろのろとスマホを手に取り、簡潔に返信を打ってベッドに放る。
『パンフレットできた。明日から碧島行ってくる』
何も感じないはずなのに、胸の奥底に痛みが走った気がした。
それが苦痛すぎて、これ以上大きくならないように、出来るだけ考えないように蓋をする。
だが、すぐに優斗から返信があった。
『マジ? それ見たい! 今から行っていい? 家の人いる?』
あんな目にあったのに、家に来るっていうのか?
いつもより理解するのが遅くなっている自覚があるので、読み間違いじゃないかともう一度その短い文を読み返す。
こういうのを飛んで火にいる夏の虫って言うのに。馬鹿なのか? 俺の事をあなどっているのかな? いや、きっと信用しているのだろう。だったら本当に馬鹿なんだな。
やめてくれ。これ以上考えたくない。
そして俺は、もう一度返信して毛布にくるまった。
『だれもいないよ』――と。
最初のコメントを投稿しよう!