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凛々は肩を竦めて大仰に溜息を吐いた。そうは言っても、この夏の間に二百メートル個人メドレーのタイムが十秒も縮まったのだ。田沼先生の指導力を認めない訳にはいかない。
「それにあいつ、やたら僕の身体触るんだよね」
心底嫌だというように顔をしかめ、舌を出してみせる。
「泳ぎの姿勢とか腕とか足の動きを教えるんだから普通じゃない?」
「そうなんだけどさ! 何か僕にだけやたら教えてくるっていうか……」
「凛々はクラブのエースだもん。特別教えることが多いのは当然だよ」
僕の言種が気に入らなかったのか凛々は不満げに頬を膨らませて、「とにかくキモいの!」と吐き捨てた。
「そんなこと言うなんてひどいよ! 先生がかわいそうだよ!」
当時の僕は凛々の意見に右に倣えのことが多かったのに、どうしてそういう言葉が出たのか分からなかった。でも、凛々の一言で、僕は自分の気持ちを意識することになる。
「はあ? 路紗、あいつのこと好きなんじゃないの?」
――僕が、田沼先生を好き? 考えたこともなくて、一瞬思考が停止する。好きになるほど関わったことは無いのに、そんなことあるんだろうか。
「はぁ……ここにも田沼信者が生まれてたか……女子もこの間まで『凛々好き!』ってうるさかったのに、結局大人の男の方がいいんだよねぇ」
肩を竦めてまた大きな溜息を吐く凛々に、僕は「好きだとは言ってない!」と慌てて反論したけれど、全く取り合ってくれなかった。
その次のスイミングスクールの日、いつも指導してくれていた先生が、家庭の事情で休みになっていて、急遽四級を田沼先生が指導することになった。
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