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その日はずっとドキドキしっぱなしで、授業が全然頭に入らなかった。
「終わった……!」
ほとんど何もしていなかったのに、すごく長い時間だった気がする。
チラリと隣を見ると、入谷くんは私のほうを見ましないで席を立ち、教室を出て行った。
いつもの時間に学校を出る。でも、向かうのはいつもの帰り道とはちがう方向。
高校に入ってから初めての寄り道。それが好きな人と一緒なんて、少し前の私からは考えられない事態だ。
……私の心臓もつだろうか。
この気持ちが私のまわりに漏れだしていないか、ほかの人に見えていないか、心配になるくらい、私は浮かれていた。
もう、私はとっくに恋愛病になっているのかもしれない。
でも……、
いまなら、なってもいいや。
駅前のCDショップの前に、入谷くんは立っていた。
「入谷くん」
「おう」
入谷くんは笑って手をあげた。
さっきまで同じ教室にいたのに、こんなにも緊張してしまう。
入谷くんは緊張感のかけらもなさそうだけれど……。
「でも、いいのかな」
「いいだろ、べつに。好きなCD買いにきて何が悪いんだよ」
「そうだね」
あまりにもあっさりと言ってのけるから、私はほんの少し緊張がとれて笑った。
きっと、入谷くんにとって、私は女子ではないんだ。
ただ趣味が同じなのが嬉しかったから誘ってくれたんだ。
だから、こんな風に気軽にいられるんだ。
中に入ると、店主のおじさんがひとりレジにいるだけだった。
誰もいなかったことにひそかにホッとする私をよそに、入谷くんは手前の棚のほうへ歩いていく。
新曲コーナーの片隅に、目当てのCDがあった。
ひとつずつ手に取ってレジに持っていく。
おじさんは私たちのことなんてまるで興味もなさそうに、淡々と会計をした。
店を出て、近くのアイスクリーム屋でアイスを買って食べた。入谷くんはミントで、私はチョコレート。ひんやりとした甘さが、口の中でとろけていく。
高校に入ってからずっと、したくてもできなかったこと。学校帰りに寄り道して、アイスを食べる。そんなことすらできなかった。
でも、入谷くんが連れてきてくれた。
「入谷くんはすごいね」
私は言った。
「何が?」
入谷くんは不思議そうに私を見た。
「私、恋愛病なんて関係ないって思ってたのに、そんなこと全然なかった。誰かに見張られてる気がして、すごくビクビクしてる。でも、入谷くんはいつも堂々としてるから」
「いや、俺も怖いよ」
「そうなの?」
意外だった。怖いことなんて何もないって顔してるのに。
「でもさ、たまにはいいだろ。今日は特別な日だしさ」
トクン、とまた私の胸が鳴った。
入谷くんにとって特別な日に、私がいる。
それだけで泣いてしまいそうなくらい、嬉しかったんだ。
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