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教室移動の途中、後ろから声をかけられた。
「佐藤」
びっくりして立ち止まる。隣を歩いていた沙耶も、目を丸くして見ている。
「入谷くん……どうしたの」
どぎまぎしながら、まわりにほかに人がいないのを確認する。
「今日、スパッツの新曲の発売日って知ってる?」
「えっ、うん」
もちろん知っていた。
スパッツはなかなか新曲を出さない気まぐれなグループだ。三年ぶりの新曲なので、ファンの間では盛り上がっている。
「CD、帰りに買いに行かね?」
「えっ、今日?」
「うん。前好きって言ってたから」
「で、でも……」
本当ならすぐにでも買いに行きたくてうずうずしていた。ネットでも買えるけれど、1日待つのももどかしいくらいなのだ。
でも、学校帰りの寄り道は禁止されているし。
そのとき、沙耶が言った。
「行っちゃいなよ」
私はびっくりして沙耶を見た。
「行きたいんでしょ。なら、行ったほうがいいよ」
「…………」
どうして私を誘ってくれたんだろう。
理由なんてわからない。
でも、行きたい。
「うん……行く」
入江くんは、おう、と目を細めて笑った。
「じゃ、五時に駅前のCDショップの前でな」
入江くんはそれだけ言うと、ひとりで先に行ってしまった。
「ちょっと、ふみ、なにいまの」
沙耶が私の腕をがっしりと掴んだ。
「詳しい話を聞かせなさいっ!」
強引に女子トイレに連れ込まれて質問攻めにあった。
「で、ふみは、入谷くんのことが好きなのね?」
「うん」
「そっかーついにお子ちゃまのふみも恋しちゃったかー。入谷くんカッコいいもんねー」
沙耶は感慨深そうに頷く。
私は恥ずかしさで顔がゆで上がる。
気持ちを打ち明けるのって、こんなにもドキドキするものなんだ。
本人に伝えようものなら、本当に倒れてしまいそうだ。
はあー、と私は盛大にため息を吐いた。
鏡を見る。自分の顔はいつもと変わらないのに、前とは全然ちがって見える。
「なんで、よりによってこんなときに好きになっちゃったんだろ」
「いまだから、じゃないかな」
沙耶は優しい顔で言った。
「恋愛病なんて、関係ないよ。前でも後でもなく、いま、ふみは入谷くんが好きなんだよ」
「沙耶……」
沙耶の言う通りだった。
少し前まで、入谷くんは私にとって、クラスメイトのひとりだった。入谷くんは、隣の席の私の名前すら知らなかった。
でも、好きなものが同じだったことが、私たちを繋げてくれた。
好きを共有できることが、嬉しかった。
両思いじゃなくても、私の入谷くんを好きな気持ちは、きっと変わらない。
「わたしはふみに励まされたよ。だから、今度はわたしがふみを応援するよ」
沙耶は、にっと笑って私の手を取った。
「うん。沙耶、ありがとう」
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