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「おはよー、ふみ」
自転車をこいでいると、友達の沙耶が声をかけてきた。
私はイヤホンを外してポケットに入れる。音楽がなくなると、世界がいきなり静かになったような気がする。
「おはよー」
「今日体力テストだね。だるー」
「えーそう? 走るのとか楽しいじゃん」
「ふみは子どもだもんねえー」
「同い年でしょ」
「いやいや、ふみの精神年齢は小学生で止まってるから」
「失礼なっ」
あはは、と沙耶が笑うから、べつにいいけど、と私も一緒になって笑った。
いままでは、好きな人もいないなんて子どもだ、と友達に小バカにされることが多かった。でも、恋愛病が流行りだして、恋愛するのがいけない空気になってからは、そんなことはなくなった。むしろ羨ましがられるようになったぐらいだ。相変わらず、子どもっぽいとは言われるけれど。
校門の前で立っている先生に挨拶をして駐輪場に向かうと、島田くんがいた。
島田くんは私たちをちらっと見て、何も言わずに目の前を通り過ぎていった。
沙耶を見ると、一瞬だけ島田くんに目を向けたけれど
「あ、そうそう、今日の一限さあ」
とさっき話していた話題に戻った。
島田くんは沙耶の彼氏だ。いや、元彼氏だ。
沙耶の幼なじみでもあり、前はずっと一緒にいた。でも、別れてからは挨拶もしなくなった。
四月に恋愛病の感染爆発がはじまって、五月には学校で恋愛禁止令がだされ、ほとんどのカップルは別れた。
中には別れずに「恋愛病が収まるまで我慢」している人たちもいるけれど、いつ収まるかなんて、誰にもわからない。
前に、沙耶に「ほんとにいいの?」と尋ねたら「いいのいいの、どーせマンネリだったし」なんて熟年夫婦みたいなことを言っていた。
でも、本当にいいんだろうか。沙耶は寂しくないんだろうか。
私は、沙耶と島田くんが一緒にいるところが好きだった。だって、沙耶は島田くんといるとき、本当に嬉しそうな顔をするから。島田くんも、沙耶をすごく大切にしていたから。
沙耶は平気そうにしているけれど、やっぱり辛いんじゃないのかな。
でも、沙耶が決めたことだから、私はもう何も言わないことに決めていた。
教室に入ると、HRがはじまるにはまだ時間があるのに、みんな席について自習したりスマホをいじったりしている。
「学校では必要以上の私語は禁止」と言われているから。
人の気持ちは、表情から伝わる。会話から広がっていく。恋愛病が広まってからの学校は、まるで音楽がなくなった世界みたいに、静かだった。
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