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「あれって女子バレー部にいた子だよね」  日駆が小声で言った。  女子バレー部? 「影井くん、覚えていないの? いたじゃない、きょう。体育館行ったとき、彼女、人一倍声あげていたじゃない」 「ああ……いたっけ、そういえば……」  観察眼の足りなさが露呈してしまった。見慣れない女子は、練習着から制服に変わると、身なりも清潔に整えるので判別がつかなくなるな。  日駆くらい周りと身長差があればぼくのスコープは合うんだけれど。 「失礼な想像していない? 影井くん」 「こんなときに何言ってんだよ」  誤魔化してみる。が、「それについて、あとで問いただすからね」と釘を刺された。 「思い出したっす。あの人、女バスの部長っす。二年生の津浦芽女(つうらめめ)先輩っす」  ぼく達が惚気ている間に小日向は学生名簿を回顧したようだった。  二年生。 「組は」  すかさず日駆が訊ねる。 「二組っす」 「津浦――『つ』ってことは、十九番であってもおかしくはないわね」 「日駆。もしかしてあの人が暗号を作成したってことか」 「その線はあるかもね。最後の怪文書も自分の席だから仕込めたってことでしょう。しかし、何をするつもりなんだろう」  すると津浦から顧問に向かって何かを話しているようだった。  着替えた女子を見分けられないぼくが読心術なんて殊勝な技を会得しているはずはないけれど、月明かりで見える表情や雰囲気からなんとなく「今夜も大丈夫でしょうか」と話しているように感じた。  大丈夫って、全体何を気にしているんだ。  顧問のほうも微笑みながら「大丈夫」と津浦に言い聞かせている気がして――そして、彼は津浦にキスをした。 「――――!」  日駆達は声をあげまいと口元をおさえた――むろん、ぼくも例外ではない。  教師が生徒の唇を奪う。そんなあまりにも現実味のない出来事が目の前で起こっていては驚かざるを得ない。あまりにも突然のアバンチュールにぼく達は呆然するしかなかった。  ここで出ていって説教をかましそうな日駆ですらわなわなと怯む有様。倫理的に関わり合いになりたくない。  それは被害者の津浦も当然――どころかここで殺人事件が起こるのではないかと思った。  しかし――しかし、津浦は抵抗を示す様子はなかった。  むしろ顧問の背に腕を回し、積極的でさえあったのだ。  あのふたり、恋仲だったのか。  だから顧問は周りを注意深く見渡していたのか。  そして、津浦は顧問との密会を見せびらかしたかった。  暗号でこの場に招待したのは、それだけの機密事項だったから――危険な遊びに更に危険を重ねてスリルを味わいたかった。  だとすると津浦芽女、なかなかにいかれている。その性癖を持ち合わせているとするなら、拐かしたのは顧問ではなく津浦なのかもしれない。
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