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……いや、違う。津浦の視線は顧問に一直線で、周囲を気にしているふうではない。こういう愉快犯特有のオーラは放っていない――以前、日駆とともに劇場型の犯人と向き合ったことがあるけれど、あのおどろおどろしい空気を、彼女からは感じなかった。
純粋に顧問と愛し合っている。
少なくともぼくはそう感じ、津浦は暗号に関わってないと考えた。
論理的に証明するなら、この行為を人に見せるのは、津浦にとってデメリットがあまりにも大きすぎることがあげられる。
このことが公になれば、顧問が社会的に抹殺されるだけでなく、彼女の経歴にも多大な損害を被ることになる。そんな危険性は小学生でも理解していることだ――果たして暗号を組む人間が危険な情事を赤裸々にするだろうか。
ふたりの交わりは行くところまで行った。満足したのか二十分ほどでふたりは来た道へと帰っていった。しかし、ぼく達の間の沈黙はしばらく続いていた。
「すごかったね……」
開口一番は鼎だった。
「まさか放課後の裏庭でこんなことが行われていたなんて……。別の意味で『裏世界』だったよ……」
さすがにそのジョークは笑えない。
「ま、ままままあ、で、でも……少女漫画なら教師と生徒との恋愛ってあるあるあるだからさ。そう思えばいいいいいいいいんだだだだだ」
思いっきり動揺する日駆。純粋な性格だけにダメージは大きかったようだ。赤面を通り越して青ざめている。
日駆は二、三、深呼吸をし、調子を取り戻した。
「……帰ろう」
調子を取り戻してすぐ、日駆は言った。
「このことはわたし達の間だけの出来事にしよう。これは見なかったことにしよう」
「えっ……」
意外そうな口振りで驚いたのは、小日向だった。
「どうしてっすか。これを公表しなければやがて乱れていきますよ」
「いや、だけど……」
「割れ窓理論って知ってるっすか。校舎の窓がひとつでも割れているのを放置していれば、ほかの窓硝子を割る生徒が出てきて、そのうち学校の風紀も悪くなっていくという集団心理っす。私達が見つけたのはまさに最初の窓硝子。諸悪の根源。荒廃が伝播する前に修繕しないと取り返しのつかないことになるっすよ!」
「それで、新聞部の職権を振りかざそうとしているのかな」
日駆はいまにも噛みつきそうになった。
やりすぎだ、と彼女は言いたいらしい。
だけど、どうにも感情に走ってしまっている。
あまりにも人に平等だ。
人情派の探偵の悪いところが出ている。
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