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「だからぼくは考えた。女バスの顧問とお前との間には何か繋がりがあるんだって」
「…………」
「そしてさっき――午後七時。その予想が確信に変わった。言うまでもなく、ここで起こったアバンチュールだ」
小日向はぼくの言葉に下唇を強く噛んだ。
あからさまに立腹している。
「ぼくには動機が分からなかったんだ。どうして暗号の作成者――小日向は暗号を使ったのか。どうしてぼく達をここに誘導したのか。秘密にしておこうと言った日駆に対して割れ窓理論を持ちかけてまで説得する慌てよう。あのお前があのふたりのことをあらかじめ知っていて、どうにかしてやりたいと企てていたんじゃないか――変調したお前を見てそう思考を変えると確信に変わった」
沈黙して睥睨する小日向。
構わず続ける。
「暗号を使った理由は偶然を装うため。そして、誘導した理由はスキャンダルを複数名で目撃することでスクープに説得力をもたせようとしたんじゃないのか」
なおも黙する小日向。
図星と捉えてよさそうだ。
「そしてそこまでして彼らを糾弾しようとしているのは――小日向と女バスの顧問、お前達もまた、恋仲だったからじゃないのか」
女バスの顧問は小日向の打診を承諾したのは、ほかの生徒にも手を出しているという後ろ暗さがあったから。
そしてぼくがそんなふたりの仲を過去形で表現したのは、もうその関係は破局しているだろうと察知したからだ。
暗号を持ち出し偶然性を高めたのは、小日向と顧問が担任と教え子以上の関係だったことを勘繰られたくないからだろう。
だとすると、こんなにやりきれない種明かしはない。
「……母手先生っていうんすよ、女バスの顧問」
と、口を閉ざしていた小日向はそんなことを言った。
「付き合うことになったきっかけはスカウトなんすよ。私、女子にしては身長が高いでしょう。母手先生にそれを買われてね。丁重に断ったんすけれど……先生の真剣な眼差しが私をときめかせたんす」
「それで告白して、付き合うことになった、と」
ぼくの問いかけに小日向は切なく頷いた。
「ふたりきりのときは母手先生のことを下の名前で呼んでいたんすけれどね……もう呼べないっす」
なかば投げやりの独白だった。小日向は校舎の壁に寄りかかる。これは津浦と女バスの顧問、母手とが見つめ合っていた構図になるが、そんな雑念は小日向の冷たい声によって払拭される。
「あの人、津浦先輩と浮気していたんすよ」
浮気。
それは女子中学校が使うにはあまりにも不釣り合いな言葉だった。
「付き合って一ヶ月後、浮気が判明した。だから、私から別れを切り出したんす。教育委員会に告発してやろうと思ったんすけれど、それだけでは足りない。私の恨みはそれだけでは晴れない――私は告発する前に新聞記事にして全校生徒に報道してやると思ったんすよ」
暗号や怪文書から感じた執念――怨念とは小日向の母手に対する憎悪だったのか。
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