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「だけど、きょうの事件譚を振り返ると日駆の能力の低下は如実だった」
「でも……でも、暗号を解き明かしていたじゃないか」
「ああ。だけど、それは二問目だろ。あの暗号、二問目よりも一問目のほうが難しかっただろ。だからヒントを多めに足していたんだろう」
小日向は「そうっすね」と頷く。そして、「だけど」と続けた。
「私達にヒントを与えていたじゃないっすか」
「単語や記号を見ているだけじゃ云々のくだりか。あれは暗号解読のとっかかりが分かっただけで、答それ自体が分かったわけじゃない――パターンについて補足しただけだ。全盛期のあいつなら、あの程度の暗号、解くまでもなくお前が黒幕だということを突き止め、動機までもつまびらかにしていたさ」
「まさか……そんなこと」
「あり得ないと言いたいだろう。そう、あり得ないんだ。誰も持っていないその才能に――だからぼくは強く惹かれた」
今度はぼくが天を仰いだ。
「しかし、あいつが中学生になってからめっきり才覚を見せることはなくなった――あいつの才能は枯れ始めているんだ。いまはあんな見て呉れだけど、そのうち年相応になって、やがて感性も年相応なると思うぜ。二十歳になる頃には身体と感性はとんとんになってるだろう」
と、ぼくは目を落とした。首が疲れたからではもちろんなく、日駆のそんな変化を悟ったときに得た絶望感を思い出したのだ――そして、自身の変化にまだ気づいていない日駆に覚えたやるせなさも、ともに湧き出てきた。
「ぼくがお前が黒幕であることを推理したのは、あいつの尻拭いなんだよ。事件を最後まで解明できなかった――否、できなくなった日駆の不完全な事件簿を完全にするための手助けなんだ」
日駆が見落とした部分をぼくが補う。
表舞台の日駆が輝くために、ぼくは影となって裏で支える。
これが光に憧れた影の役目。
日駆に惹かれたぼくの役割。
「これがぼくと探偵の裏表だ。まあ、これでぼくが出しゃばったことに納得してくれたかな」
「……さあ」
「納得してくれなくてもいいよ。これはこっちの問題だからな。一応、小日向のプライドを傷つけないための配慮だったんだけど」
「……くくくくく」
小日向はすべてを擲ったような乾いた笑い声を洩らした。しばらく笑いっぱなしになったあと、一息つき、小日向はやけっぱちに言った。
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