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メアリの口元が弧を描く。
喉元に突き付けられた刃物など存在しないかのように、ころころと笑った。
そんな彼女の態度が気に障ったのか、刃を握る手に力が入る。
「目には目を、歯には歯を……殺しには、殺しを」
メアリの喉に突き付けられていたはずの刃先が、海離の腹部に沈んだ。
わけのわからぬまま、自らの手で腹を刺していた。
じわじわと滲む赤は、シャツを染めていく。
「あなたはマユ先生に執着していたようだけど、別に彼女が好きだというわけではなかったのね」
メアリは抑揚のない声で言う。
「ただ、自分を認めてくれる人が欲しかった――自分を見て欲しかった。そうでしょう?」
ザアザアと強くなる雨。
メアリの問いかけるようか言葉に答えず、海離は倒れ込んだ。
口元が微かに動くが、言葉にはならない。
「身勝手な業よね」
うつ伏せで倒れた海離の身体をつま先で仰向けにする。
メアリはナイフを握る海離の手を、腹部に刺さったまま胸の方に向かってスライドさせた。
皮膚と肉が切り裂かれ、多量の血が流れ出る。
降り注ぐ雨がそれを流していく。
「ねえ、死んでいく気分はどう?」
――ザアザアザア。
「人の聴覚は最期の瞬間まで残るんですって。だからね、あえて言うわ。――ひとりぼっちで地獄へ落ちろ!」
降りしきる雨の中でも、メアリの声は海離の耳にこびりついたことだろう。
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