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第1幕 雨
後にグレイと呼ばれるようになる男、根津清司。
彼はその日、早めに仕事を終え、家路を急いでいた。
結婚して半年が経ち、古アパートから新築の戸建てに引っ越したのは二週間前。
荷解きがやっと終わり、一段落したところだ。
根津は愛妻のために菓子店でシュークリームを買い、帰路を急ぐ。
見慣れた門扉をくぐった先で、彼の世界は壊れた。
花壇を作った小さな庭。玄関へと続く道の途中に、赤が滲んでいた。
例えるなら、赤い絵の具を緑と混ぜたような、黒に近づいた色。
その中央に、変わり果てた姿があった。
裸の上肢は喉から腹まで裂かれ、体に詰まっていたもの全てが取り出され、周りに並べられている。
「まゆみ……?」
根津が妻の名前を呼んだ瞬間、ぽつりぽつりと雨が降りだしてきた。
まるで、その時を待っていたかのように。
滲んでいく、赤。雨に打たれ、少しずつ色を失っていく。
何か言おうとした根津の口からは、言葉にならない引きつった声だけしかでない。
駆け寄ることも出来ず、根津はその場に膝から崩れた。
彼にとって何もかも手遅れだった。最愛の妻は明らかに死んでいるのがわかる。
腹を裂かれ、内臓を取り出して並べられ、こんな状態で生きていられるわけがない。
空洞になった彼女の腹部に雨が落ちる。
宿っていた命も無惨に取り出されていた。
少しずつ強くなっていく雨。
ずぶ濡れになって根津はやっと正気に戻る。
小さな幸せを奪われた彼の口から出たのは、獣の咆哮のような叫びだった。
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