第1幕 雨

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 ひしゃげたケーキの箱の中で潰れたシュークリーム。  雨に濡れながらも動けない根津は手元のスマートフォンで通報し、警察を呼んだ。  遠くで聞こえていたサイレンの音が近付くと、やっと現実に引き戻される。  目を見開いたまま四肢を投げ出した妻の姿を見て、涙が溢れそうになるのをこらえ、天を仰いだ。  ――まだ、雨は止みそうにない。 ◇  悪夢のような事件から数日が過ぎた。  根津はあの日から、食べることも寝ることも、ほとんど出来なくなってしまった。  それでも警察の捜査に協力するため、警察署に通っている。  捜査の方は何も進展がない、と言っても良いようだ。  根津まゆみの遺体は司法解剖に回され、出血性ショックによる失血死であることが判明した。  また、雨で流れてしまっているものの犯人と思われる血液が現場から採取された。  しかし、A型の男性ということしかわからず、汚染が酷いため詳しい鑑定は難しい状況だ。  根津の脳裏には、目を開けたまま腹を裂かれて倒れている妻の姿が焼き付いている。  何日経っても、彼女は瞼の裏から離れてはくれない。  眠れない、食べられない――死ぬかもしれない。  それでも良いと根津は思っていた。  ただ生きていくには、失ったものが多すぎるのだから。
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