「たとえ明日が来なくても」  深水家の Three Men 序章

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   少し歩いて昌が立ち止った。隣を見ると真っ青な顔だ。 「どうした、具合が悪い?」 「すこし、……はしった、せい……う、」  Tシャツの胸のあたりを掴んでうずくまりそうになる昌を、掬い上げるように抱き上げた。 「どこかで休もう!」  そうは言っても木陰が遠い。砂はきっと焼けるように熱いだろう。 「我慢出来そう? だめなら救急車呼ぶよ!」 「うう、ん、すぐ、おさまるから」  それでも苦しそうな顔は青くなるばかりだ。 「ぽけ、とに、くすり、」  汐は昌を抱いたまま、熱い砂に膝をついた。昌が着ているパーカーのポケットには何もない。 「じーん、ず、」 「分かった!」  ポケットを探るとすぐに小さなビニール袋が見つかった。 (これ……) 粒を取り上げて迷わずに口に持っていく。 「べろ、上げて」  その下に薬を入れてやった。ニトロだ。これは水が要らない。すぐに溶けて即効性もある。みるみる状態が安定した。  抱いたまま立ち上がる。 「すぐ近くにあるホテルに泊まってるんだ。そこに連れてってもいい? 多分ここから一番近いから」  まだ青い顔の昌が頷く。 (父さんの飲んでいた薬だ) きっと心臓が弱いのだ。そう思うだけで自分の胸が苦しくなった。  ホテルに着く頃にはもうお喋りが出来るほどに回復していた。 「下ろしていいよ、歩けるよ」 「まだだめだ、いいからじっとしてて」  フロントでキーをもらって、4階の自分の部屋に連れて行った。広い部屋を取っている。そのベッドに昌を寝かせた。 「ご両親に連絡しようか?」 「いいんだ。うしおは? 一人なの?」 「そうだけど。あきら、年はいくつ?」 「16。11月で17になるんだよ。……多分」  最後の言葉は呟くようで、汐の耳には入らなかった。 「16? 高2か。ね、お家の人に電話入れた方がいいよ」 「俺も一人なんだ、だからいいの」 「一人って、一人旅ってこと?」 「うん」  なにか事情があるんだろうか。心臓が悪くて一人旅などいいわけがない。昌に父が重なって見える……。 「うしお、薬のこと分かるんだね」 「ニトロのことか? 父さんが飲んでたから」  すんなりと過去形が出てきた自分にショックを受けた。立ち上がり、冷蔵庫に向かう。零れそうな涙を指で払って冷蔵庫を開けた。 「なにか飲む? 種類はあんまりないけど。水、お茶、コーラ、」 「水がいい」  ペットボトルを持って、ベッドの脇にソファの椅子を持って行った。 「ありがとう」 「旅行先でも誰かに連絡取った方がいいよ」 「本当にいいんだ。お父さん、死んじゃったの?」 「うん。手術中にね。体力が無かったから」 「そうなんだ……」 「きみは? どんな」 「心臓の話なんかしたくない!」 「……ごめん。そうだね」  波の音がここまで聞こえてくる。そのまま話が途絶えそうになった。 「俺、高遠(たかとお)(あきら)。高くて遠いって書くんだよ」 「あきらは?」 「日が重なってるヤツ。繁盛するって意味があるんだって。親父ってさ、すごい儲け主義だから俺の名前にまでそんなの付けたんだ」  なんと返事を返したらいいのか分からなくなる。 「俺はいい名前だと思うよ」 「ほんと!? うしおは?」 「俺は深い水で、深水。汐はさんずいに夕方の夕」 「きれいな名前だね」 「父さんがロマンチストだったんだ」  また過去形だ。思わず両手に顔をうずめた。 「汐?」  ため息をついて顔を上げた。 「ごめんね。葬式で来たんだ。散骨っていうの、分かる?」 「海に骨を撒くことでしょ? 俺もそれがいいって思う」 (こんな話するなんて)  同じ病気の子どもにする話じゃない。汐は話を変えた。 「どこに泊まってるの?」 「俺? このもう少し先の別荘にいるんだ」 「別荘? 一人でなにかあったらどうするんだよ!」  声を荒げてしまう。親も親だ。なぜ……。 「家出。だから一人。ウチの親はどうせ忙しいし、顔合わせることも少ないし。だから逃げ出してきたんだ」  
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